プロジェクト区分 | プレリサーチ(PR) |
期間 | 2022年04月 - 2029年03月 |
プログラム | 実践プログラム 環境文化創成プログラム |
プロジェクト番号 | 14210162 |
研究プロジェクト | 都市―農村の有機物循環とそのシステム構築に関する実践研究 ―地域の価値観と科学的知見の融合をめざして― |
プロジェクト略称 | 有機物循環プロジェクト |
プロジェクトリーダー | 大山 修一 |
URL | https://organic-rihn.chikyu.ac.jp/ |
キーワード | 物質循環、廃棄物処理、⽣業システム、農業利⽤、緑化、⽔・衛⽣、環境修復 |
研究目的と内容
研究プロジェクトの全体像
1)目的と背景 |
本研究プロジェクトの目的は、都市に蓄積した有機性廃棄物とその栄養分を農村へ還元し、農牧業を中心とする生業基盤の修復や荒廃地のリハビリテーションに結びつけることで、地球上の都市と農村のあいだのバイオマス循環システムを構築することにある。生態学においてバイオマスは現存量といわれ、植物や動物などの重量を指すが、バイオマス資源は食料や衣料、工業製品の原料となる農産物、建築用材や燃料となる木材、あるいはバイオエタノールやバイオディーゼルといった燃料となる資源作物が含まれる。これらのバイオマス資源は食料や衣料、燃料、建材に使用されるとともに、使用されたのち食品系廃棄物、し尿や下水汚泥、木質系廃棄物といったかたちで排出される。
世界各国ではCO2をはじめとする温室効果ガスの排出をゼロとする脱炭素化やカーボンニュートラル社会への移行が求められているが、国・地域によって食料問題や貧困の解決、資源開発、経済成長などの問題が複雑に絡み、その対応は容易ではない。本研究計画では、日本と東南アジア、アフリカにおける経済・社会システムの現状をふまえたうえで、カーボンニュートラル社会への移行には燃焼からの脱却が必要であると考え、廃棄物の焼却処分から分解による処理プロセスへの移行をすすめ、荒廃地や生業基盤の修復、農業生産性の維持にむけたバイオマス資源の利用促進に貢献する。
各地域(日本、東南アジア、アフリカ)における経済状況や食料事情、有機性廃棄物に対するローカルな価値観とその利用実態を調査するとともに、環境・生態的な持続性、経済的な持続性、保健・衛生的な持続性の観点から科学的な検討をくわえ、都市と農村におけるバイオマス循環システムの構築にむけて、有機性廃棄物の有用性に対する新しい価値観の創出と持続的な社会づくりをめざす。
2)地球環境問題の解決にどう資する研究なのか |
地球における土壌の厚さには気候帯、および土地利用によりバリエーションがあるが、平均すると18cmだと報告される(Minami 2015)。地球上の人口は2050年に100億以上になることも予想されているが、人類はこの厚さ18cmの土壌で食料を生産し、生存していかねばならない。農牧業による土地の酷使や土壌侵食もあり、食料の生産が需要に追いつかないことが危惧されている(FAO 2019)。人類が口にする食料は清浄である必要があり、捨てる有機性ゴミやし尿はその汚穢によって忌み嫌われる。人類は哀しいことに、科学にもとづき築き上げてきた衛生観念のドグマによって、うまく地球システムのなかにみずからの存在を位置づけることができていないのが実情である。今後の都市を中心とする文明が持続性を獲得するためには、清浄から汚穢を生み出す人間の性(さが)を受け入れ、その汚穢から清浄を生み出す、物質循環と生命の生まれ変わりの重要性を理解し、地球システムから分離した人類の存
在を地球システムのなかに位置づける思考・価値観の転換が必要である。
イギリスやアメリカでは、下水処理が施されたあとの下水汚泥はsewage sludgeと呼ばず、バイオソリッド(biosolid)という名称がつけられて農業利用が進められている。日本と東南アジア、アフリカにおいて、各地の農耕システムにおける農業生態系、国・地域およびグローバルにおける物質循環という重層的なスケールを組み合わせ、有機性廃棄物の有価値化とわれわれの意識の変革を通じて都市と農村とのあいだのバイオマス循環の構築に取り組むことで、現代社会の変革と確かな持続性に寄与する。
本研究プロジェクトでは、日本と東南アジア(ラオス、マレーシア)、アフリカ(ニジェール、ザンビア、ガーナ)を主な対象とする。バイオマスの物質循環の現状や循環システムの構築を検討するときには、(1)生産の単位となる世帯や農村の耕作地、(2)都市や流域を単位とした地域(市町村)、(3)輸出入の単位となる国家、そして(4)グローバルの各レベルを統合して考えていく必要があり、地域・時代の政治・経済システムとあわせて、地域スケールを変更するリスケーリングの考え方を援用し、持続的な社会づくりをめざす。研究項目は、【1】耕地や農村、地域、世界をめぐるバイオマス資源の物質循環にかかる現状分析、【2】有機性廃棄物の分解メカニズムの解明と安全性の検証、【3】バイオマス循環の構築にむけた新しい価値観の創出である。日本と東南アジア、アフリカという地域によって独立した研究班を組織するのではなく、農村と都市の生産や消費、廃棄から物質循環を検証するため、農村と都市、の両者をつなぐ物質循環を分析するため、あえて研究班は設けない。都市の経済社会状況に応じて、各地域で求められる物質循環のあり方は異なり、地域およびグローバルの視点で、ともにグッド・プラクティスとなる物質循環システムを構築していく。
【1】バイオマス資源の物質循環にかかる現状分析
1-1 農業生態系における物質循環(阪本、小坂、土屋、牛久、桐越、原、中澤、中村、大山)
日本と東南アジア、アフリカの3地域における農業様式と耕地生態系、および都市-農村間の農産物流通の解明に取り組む。日本では水田稲作と畜産、東南アジアでは水田稲作と林業生産・森林、アフリカでは焼畑と農牧複合を主な対象とする。それぞれの地域における農業様式や環境利用の実態、生業基盤の荒廃を調査したうえで、農家による消費形態を調査するとともに、地域、またはグローバルに広がる農産物の流通システムと流通する農産物の量を統計資料などによって明らかにする。また、農村における施肥技術に着目し、化学肥料や畜糞、コンポストなど資材利用の実態を分析する。有機性廃棄物に対する意識や価値観を明らかにし、バイオマス資源の循環を進めるブレークスルーを検討する。
1-2 都市における廃棄物の処理とバイオマス資源の集積(原田、阪本、矢部、土屋、小坂、國枝、中澤、大山)
3地域の都市において廃棄物の排出と処理、衛生環境を調査し、し尿・下水と、そのほかの廃棄物に分けて、家庭における廃棄物の種類と重量、回収と処理方法について調査する。日本では東京や大阪、京都の中心市街地におけるディスポーザーと下水処理の問題、生ゴミや下水汚泥の処理方法に着目し、分解を中心とする処理プロセスと農業利用にむけた課題を明らかにする。東南アジアやアフリカではゴミの分別はさほどおこなわれておらず、オープンダンピング――野積みによるゴミの埋め立てが主流であり、家庭系や下水汚泥といった有機性廃棄物の農業利用や生業基盤の修復にむけた課題と方策を検討する。
1-3 農産物の輸出入をめぐる物質循環(バーチャル・ニュートリションの計算)(矢部、大山)
FAOが集計する農産物の輸出入データ(FAOSTAT)などを利用し、世界196ヶ国を対象として、バーチャル・ニュートリション・マップ(VNP:仮想栄養地図)を作成する。VNPとは、バーチャルウオーター(VW)の考え方を援用し、本プロジェクトが独自に作成するものである。VNPでは、1)輸入国は世界各地からどのくらいの栄養分(窒素とリン酸、カリウムなど)を集め、自国の国土に栄養分を集積しているのか、そして、2)輸入国が農産物や木材を生産すると仮定したら、どのくらいの量の栄養分が必要なのかという2種類の地図を作成する予定であり、世界196ヶ国の栄養分の移動収支を示す。
【2】有機性廃棄物の分解メカニズムの解明と安全性の検証
2-1 有機性廃棄物の施用による緑化および作物生産力の分析(中野、小坂、鈴木、原、大山)
日本の水田稲作や畑作地、東南アジアの水田稲作や林業生産地、アフリカの畑作において家庭系廃棄物や木質系廃棄物、下水汚泥といった有機性廃棄物を施用する圃場実験を実施し、土壌性状の変化や作物収量の改善効果、および荒廃地における環境修復の効果を検証する。
2-2 有機性廃棄物の分解メカニズムの評価(鈴木、中野、中村、原、大山)
2-1の圃場実験において、耕地土壌に対する有機性廃棄物の投入とその分解プロセス、植物によって吸収できる形態となる無機化プロセスを、気象条件とあわせて土壌の物理性と生物性、化学性に着目して検証する。また、土壌面におけるCO2フラックスを測定し、有機性廃棄物の投入と緑化にともなうCO2の排出/吸収の効果、および土壌における炭素貯留量を計測し、温室効果ガス抑制の効果を解明する。
2-3 有機性廃棄物の農業利用をめぐる安全性の検証(原田、國枝、中村、鈴木、大山)
都市で排出される有機性廃棄物―とくに下水汚泥には鉛やカドミウム、クロム、シアン、ニッケルなどの重金属が含まれている危険性があり、各地域においてそうした危険性に対する懸念は根強い。EDX(蛍光X線分析装置)による簡易検査システム、有害物質の除去および希釈の技術を開発することによって、有機性廃棄物の農業利用にむけて健康リスクを除去し、住民の受容性の向上をめざす。
【3】 バイオマス循環システムの構築にむけた新しい価値観の創出と社会づくり
都市から農村への物質移動とバイオマス資源の投入による荒廃地の修復や農牧業の生業基盤の改善実験を進め、各地の実情に沿った有機性廃棄物を利用した農業生産の改善と荒廃地の修復に関するマニュアルづくりに取り組む。有機性廃棄物に対する「汚い、危険、有害」といった価値観の転換と有価値化を進めるため、研究成果と住民の合意形成をベースにし、分解を基盤とするバイオマス循環システムの構築に必要な社会条件、住民の意識変革、および社会インフラづくりにむけた提案をしていきたい。
3-1 水を使わないドライ・コンポストの技術開発(大山、塩谷)
周囲で入手できる資材、簡便な方法により、台所の生ゴミを処理し、土壌に栄養分を戻すことができるドライ・コンポストの技術を確立する。においを出さず、すばやく分解を進める技術の開発を進めている。ウェスティン都ホテル京都からの協力を受けて、有機性ゴミの処理と栄養分、細菌のモニタリングを継続している。
3-2 京都市動物園で飼育されている動物糞を利用した堆肥の商品開発(大山、塩谷、齋藤、山梨)
このドライ・コンポストでは鶏ふんをはじめとする動物糞を利用することで、効率的に有機性ゴミを分解することができる。京都市動物園で飼育されているアジアゾウやシマウマ、キリン、トラ、チンパンジー、ゴリラ、マンドリルなど9種の動物糞を提供してもらい、動物糞と有機性ゴミの処理具合を観察している。将来的には、動物糞を利用した堆肥の商品開発をめざす。
3-3 ザンビアの首都ルサカにおける有機性残渣を利用した養豚と堆肥づくり(大山、塩谷)
ザンビアでは、化学肥料を使用した近代農法による土壌荒廃が深刻である。種皮を取り除いたメイズを利用するため、多くの種皮部分が有機性ごみとして出てくる。また、ビールや醸造酒の生産による大量の残渣が出てくるため、養豚をおこない、その糞を利用して、レストラン、スーパーマーケットからの食品ゴミを使って、ドライ・コンポストによる堆肥づくりと土壌改善をすすめる。
3-4 京都府内小学校における総合的な学習の授業提供と授業のマニュアルづくり(大山、塩谷)
地球研と京都府教育委員会との協定にもとづき、京都府内の小学校で総合的な学習(探求)の授業を提供している。
4)期待される成果 |
本研究計画によって期待される成果として、(1)巨大化する都市の存在と食料の輸出入が各地の生態系や物質循環にとって大きな環境負荷となっていることを可視化すること、(2)都市由来の有機性廃棄物の活用によって熱帯林の修復、砂漠化対策としての荒廃地の緑化、地域における農業生産の改善・向上に役立つことを示し、その指針・マニュアルづくり、価値観の転換を進めること、(3)有機性廃棄物を農業や緑地再生に活用するという前提に立って、われわれの生活スタイルの見直しと都市インフラ(ゴミ回収・処理、下水処理)の整備を促進することにある。
5)研究組織 |
FSからPRに移行どきの研究参画者は15人であり、その後、ドライ・コンポストの立案、試行実験を繰り返した結果、キリンの生態を専門とする齋藤美保さん(京都大学)と動物園で飼育される動物のウェルネス向上を専門とする山梨裕美さん(京都市動物園)、アフリカ農村を対象とした人類学者の塩谷暁代さん(京都大学)の加入を受けて、18人となった。砂漠化や熱帯林の破壊、農業による荒廃地の出現といった環境問題に対して、都市と農村の物質循環に着目するというのは、これまでにない視点である。なるべくメンバー間の共通理解を進めるため、あえて専門性や地域によって班に分けることはせず、研究参画者が各地域の都市、および農村の現状について共通認識をもつよう工夫していきたい。2023年11月より研究支援員の中出さんからサポートを受け、東南アジアとアフリカ、日本の都市における有機性ごみの現状把握と資源化にむけた社会実装を実現しうるチーム構成になったと自負している。
本年度の課題と成果
本年度までの進捗
本年度はFSからPRへ移行する初年度ということで、本プロジェクトがめざすべき方向性を確認しながら、実験や現地調査の開始、データの収集につとめた。
プロジェクトリーダーの大山は2023年4月に、京都市東山蹴上にあるウェスティン都ホテル京都に招待され、京都ライオンズクラブ第1669回通常例会で講演をおこなった(業績55)。この講演のなかで、ニジェールの首都ニアメの有機性ゴミを使って緑化をすすめ、地域の食料生産と平和の実現をめざすという本プロジェクトの趣旨を説明した。また、地球研の実践プロジェクトの実施を念頭に入れて、京都市内での研究活動についても話しをし、京都ウェスティン都ホテルの料理長、市内の造園業、料亭、食酢業、酒造屋さんとネットワークをもつことができた。
2023年6月には、京都市内の自宅マンションのベランダでコンポスト実験を開始し、思いがけず、水を使わなくても、土壌と米ぬかだけで発熱がはじまり、有機物の分解がすすむことを知った。これまで、生物による有機物の分解には、水が必要だという思い込みがあったが、微生物の活動によって渇水と窒素飢餓を意図的に引き起こすことで、嫌気性環境におけるメタン発生と腐敗を避けることができ、しかも有機性ごみを入れることで微生物活動をいっきに活発化させ、すみやかに有機物が分解されることが明らかになった。未発表ではあるが、意図的に渇水と窒素飢餓をつくりだし、その状況を逆手にとることで、有機性ゴミの分解を促進できることは、今後の技術開発と本プロジェクトのひとつの方向性を示したといえる。この方法をドライ・コンポストと名付けようと考えている。
2023年8月31日には、ウェスティン都ホテル京都の協力のもとで、毎週火曜日と木曜日の調理済みの食品ごみと未加熱の端材をゆずりうけ、ドライ・コンポストによる有機性ごみの処理を開始した。2023年9月には京都大学に塩谷暁代さんが着任して、作業に加わってくれることとなり、2023年11月現在もホテルにおいて有機性ごみの処理を継続している。
ひろく、有機性ごみを土壌に戻すことをコンポストという。農業をおこなっている人の多くは、雑草や台所ごみなどをつかって、コンポストを実践している。都市で有機性ごみを処理する場合には、広大な土地や大量の土壌、複雑な生物資材を必要としない簡便な方法を用いて、しかも、汚水や汚臭、小ばえ、うじ虫の発生といったトラブルを避ける必要がある。渇水状態にすることで、こうしたトラブルを避けることができる。
このドライ・コンポストを本プロジェクトの軸のひとつに据えることで、生活者が身近な資材、かつ、簡便な方法で、楽しみながら有機性ごみを処理し、生活のなかで廃棄物問題や食料問題のことを考え、行動するきっかけを生み出すことができるのではないかと考えている。京都市動物園との連携により動物糞の提供を受け、動物糞を利用した堆肥づくりにも取り組んでいる。また、ザンビアやウガンダをはじめとするアフリカ諸国において、養豚による動物糞の入手、そしてレストランやスーパーマーケットから排出される有機性ごみを材料としてドライ・コンポストによって堆肥を生産し、荒廃地の土壌改善を進める、社会実装(ビジネス化)の可能性を検討している。
直面している課題としては、調査国の1ヶ国であるニジェールにおけるクーデターの発生と政情不安がある。5月ニジェール渡航どきには、環境省の大臣が緑化サイトに訪問し、大臣からは賞賛と励ましの言葉を受けた。雨季を待ち、6月以降に緑化が進むことを期待していたが、7月末にクーデターが発生し、本プロジェクトのメンバー5人が8月の現地調査を中止することになった。外務省の安全情報ではレベル4(赤色)であり、渡航できない状態がつづいている。11月15日にJICA(国際協力機構)より、日本政府外務省の方針が決まり、現在、進行中の事業については継続するという知らせが届いた。大山はJICA草の根技術協力プロジェクトで緑化サイトを建設して都市ごみを投入し、9月には緑化プロセスの観察を予定していたが、リモートワークで指示を出し、スタッフによって最低限、必要なデータを取得することができた。ニジェール国内からはフランス大使やフランス軍が撤退し、その後、周辺国やECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)の対応が不透明であることから、今後の情勢がはっきりしないのが現状である。西アフリカ情勢の動向と日本外務省の方針に注視しながら、安全情報の変更を機に、ニジェールにおける研究活動の再開を検討したいと考えている。
2)研究目的、手法、組織体制の変更・見直し(該当の場合のみ) |
とくにありません。ただし、京都市内のホテルで毎週火・木曜日のコンポストづくり、毎週月曜日の京都府内の小学校で総合的な学習の授業を実施することで、大山がひとりで、すべてをこなすことは、きわめて難しくなった。クロスアポイントメントで、京都大に着任した塩谷暁代さんと共同で研究を進めると同時に、およびアウトリーチの活動をかろうじて継続しているが、新規に研究員を雇用することをつうじて研究実施体制の整備が必要となっている。当初、1名の研究員、1名の研究支援員の雇用を考えていたが、京都府教育委員会より来年度(2024年度)の府内小学校における授業は5校を要請されていること、海外でのフィールドワークを拡充する必要もあって、研究支援員とともに、来年度からのFR期間における研究員は3名とする予定にしている。
本年度の成果と課題および自己診断
1)本年度の成果 |
家庭から出された家庭ゴミや米ぬか、鶏糞などをつかって堆肥をつくることを、ひろくコンポストという。このコンポストづくりでは微生物が関与し、熱を出して発酵をすすめ、有機物を分解する。コンポストづくりには水を入れることが多かったが、水を入れることで嫌気性環境がつくられて腐敗し、メタンや悪臭を放ち、失敗することも多い。本研究プロジェクトでは、身近に存在する土壌を材料とし、あえて水をつかわず、落ち葉と米ぬか、動物フンの投与で糸状菌を発生させ、1週間をかけて窒素飢餓を作り出すことで、渇水および栄養飢餓状態で有機性ゴミの活発な発酵とすみやかな分解を引き起こす。稼働中には、資材温度のモニタリングによって、資材の状態とゴミの投入時期をみきわめる。
現在、普及している生ゴミ処理機には、電力や外部エネルギーに依存し、生ゴミを強制乾燥させるものが多い。本研究プロジェクトでは自然プロセスを活用し、資材の温度モニタリングによって投入時期を決定し、生ゴミの処理をすすめる。この自然プロセスでは恒温動物の腸内細菌がつよく関与しており、その基本温度は35~37℃のあいだで、恒温動物の基礎体温と関係が示唆される。このアイディアにそって、ホームセンターなどで市販されている鶏フンや牛フン、京都市動物園で飼育されているアジアゾウやキリン、カバ、シマウマ、トラ、チンパンジー、ゴリラ、フタユビナマケモノなど9種の動物フンの提供をうけ、ホテルで廃棄される生ゴミ(未調理食材、調理ずみ食材)の処理をすすめる技術、レシピを確立しようとしている。
コンポストの作成は、このように恒温動物の消化、および微生物の発酵(呼吸)をつうじておこなわれるが、地域によって求められているコンポストの方法と意義は異なっている。日本では、食品残渣の有効活用に重きが置かれるが、近年では化学肥料の高騰もあって、コンポストの肥培効果も強く期待されるようになっている。ザンビアやウガンダの都市では食品ゴミを直接、土壌養分に還元するのではなく、養豚をおこない、需要の高い豚肉を生産し、豚ぷんを耕作地の土壌改善に活用するということが求められている。ニジェールの首都ニアメでは、ごみの総重量のほぼ8割が砂と有機物であり、分別することなく、そのまま荒廃地に投入し、緑化に使用することは合理的だと考えられている。
各都市における有機性ゴミの種類に応じて、ゴミの処理方法を考案し、堆肥とともに、なにを副産物として作り出すのかを考案するところが、本プロジェクトの楽しさだと考えている。有機性ゴミの有効活用や有機農業の実践、荒廃地の緑化や環境修復、食料の増産や飢餓の撲滅、民族間の紛争予防と平和社会の実現といった地域の文脈からみたグッド・プラクティスが、グローバルの視点からみても環境問題の解決に貢献するグッド・プラクティスとなりうることを具体的に示していきたい。
2)目標以上の成果を挙げたと評価出来る点 |
本研究プロジェクトの目標は、これまで顧みられることのなかった有機性ゴミをうまく活用し、生ゴミを産まない社会づくりである。PRの段階で目標以上の成果を上げることができたのは、プロジェクト内の研究者どうし、研究者と企業、京都市動物園、京都府教育委員会、小学校、児童とのネットワーキングである。ここでは3点にしぼって記述しておきたい。
1点目は、動物園と連携した物質循環と環境教育の可能性である。動物園の動物たちは、それぞれの食性行動にあわせて、餌を食べている。京都市動物園では108種の動物が飼育されているが、草食性や肉食性、雑食性といったように動物が食べる餌にはちがいがある。京都市動物園では、京都市の財政難をうけて、市民や産業界に呼びかけ、京都市とその周辺から野菜や果物などの無償提供を受けている。そして、動物園で排出される動物フンの大部分が産業廃棄物として処理されているが、堆肥として有効活用することで、来園者に対して環境教育の題材として提供することを計画している。すでに研究参画者の齋藤美保は、京都市動物園での講演会をおこなっているが、本プロジェクトとしても講演を企画している。
2点目は、京都市内のホテルの有機性ゴミと、京都市動物園の動物フンをつかって堆肥をつくり、そのメカニズムの解明、および温度管理による技術・レシピの確立にある。また、動物のフンと処理する生ゴミとの適合性を検証しているところである。たとえば、ゾウやキリン、ゴリラなど草食、果実食の動物のフンは、野菜くずやフルーツなどの植物性の生ゴミの処理によいとか、あるいは、トラやヒョウなどのフンは肉や魚などのタンパク質の処理にすばらしい効果がある、チンパンジーのように雑食性動物のフンは、どのようなゴミにも適合性があるなど、食性や嗜好性にともなう腸内フローラと適合性の高いゴミの種類があるのではないかという作業仮説をたて、検証している。これは、恒温動物の体内であれば、腸内細菌による消化というプロセスが、体外である土壌中でも発酵(分解)というかたちで存在するのではないかという仮説でもある。
このような分解(発酵)プロセスの解明の先として、商品開発も想定している。京都市動物園や植物園の土産物コーナーで販売できるような「カバのうんこでつくったトマト培土」「ゾウのうんこでつくった土壌改良材」「キリンのうんこでつくったジャガイモ培土」「チンパンジーのうんこでつくったなす培土」「シルバーバッグのうんこでつくったヒマワリ培土」などのシリーズ商品の販売である。
3点目は、この考え方と技術、レシピにそった、京都府内の小学校における授業提供をつうじた研究成果の還元と社会への普及である。生ゴミの処理と有効活用のためには、家庭や事業所といった小グリッドでの処理作業が基本となり、すそのを広げていく必要がある。2023年11月には京都府井手町立小学校2校、小学校5年生3クラスで総合的学習のなかで生ゴミの処理とコンポストづくりの授業をする予定にしている。来年度には、京都府教育委員会との協議で、授業提供を5校に増やす計画としている。生ゴミから土ができるというプロセスと謎の発見、科学の魅力、環境問題への意識、未来の社会づくりへの展望を醸成したいと考えている。また、子どもが土をさわり、遊ぶことで、精神疾患が減少するという報告がある。小学生に対するアンケートを実施し、どのような感想をもつのか調査し、今後の授業展開に役立てることを計画している。このようなネットワーキングと着想により、本プロジェクトの萌芽と可能性を明示できたことが大きな成果である。
3)目標に達しなかったと評価すべき点 |
ドライ・コンポストの技術や概念は、まったく論文にも執筆していないし、ごく一部の共同研究員にしか話しをしていないのが現状である。本プロジェクトでは、都市と農村の物質循環をつくることで、どのように砂漠化の防止や熱帯林の生態修復、耕作地の生産性回復につなげるのか、イメージができていない研究者も多い。都市と農村の物質循環というのは、言葉で示す以上に困難であり、具体的にどのように環境問題の解決につなげていくのか、いまいちど、共同研究員のあいだでブレーンストーミングが必要だと思っている。今回、11月29日の研究審査・報告会には6名のオンライン参加を予定しているが、研究審査・報告会やERECへの共同研究員の積極的な参加を呼びかけて発表を聞いてもらったり、議論をもつことで、さらに共通理解を深めたいと考えている。
4)実践プログラムへの貢献について特筆すべき成果・課題 |
松田プログラム「科学と在来知との接合による総合的な環境文化の創成」では、地球環境問題の解決に資する研究のなかに、文化の視点を導入することで、人びとの行動や価値観の変容までを射程に入れて、その過程を検討することにある。本プロジェクトでは、京都、ザンビア、ニジェール、ガーナ、ウガンダ、マレーシア、ラオスの調査国において、農業生産の低下、荒廃地の出現・拡大、砂漠化や熱帯林の減少に対して、現地の人びとがどのように、その現象をとらえ、対応しようとしているのか現状把握を重視しながら、都市におけるホテルやレストラン、酒造業、造園業、農家、養豚業など、さまざまな業種を結びつけ、具体的に地域の環境問題に取り組もうとするところに、特筆すべき実践プログラムへの大きな貢献がある。本プロジェクトにおける地域の環境問題への取り組みは、グローバルな視点からも荒廃地の修復や熱帯林の生態回復といった意味をもちうるものであり、都市と農村の物質循環を構築するうえでの人びとの行動や価値観の変容をうながすものである。学術界だけでなく、社会に対して、大きなインパクトを示すことができるよう努力していきたい。
今後の課題
来年度の研究計画
来年度は、FRの1年目である。現状把握とともに、現地の研究機関および政府、自治体とのネットワークづくりと、圃場実験の基盤整備に重点をおく予定にしている。
ニジェールではクーデターの発生後、政情が不安定であり、治安情報の収集に努めるとともに、リモートによる現地スタッフによるデータ収集を計画している。政情が好転し、外務省の安全情報がレベル2に下がった場合には、大山が治安状況を確認し、現地のカウンターパートと情報交換するために、短期間の渡航を予定している。
ザンビアでは原田と原、大山の3人が主な調査対象国としている。原田は来年度より、JICA/JST SATREPSのプロジェクトを開始することになっており、本プロジェクトと連携する予定としている。原は首都ルサカ、および北西部州ムフンブウェ県で調査しており、2023年度に建設した実験圃場の観察を計画している。カウンターパートはザンビア大学経済・社会研究所、および地理・環境科学学科であり、京都大学とは部局間、および大学間学術交流協定を締結している。
ウガンダではセーラと中澤、鈴木、大山の4人が主な調査対象国としている。カンパラ首都圏の郊外であるムコノ県に実験圃場を建設する予定にしており、セーラがすでに土地所有者と交渉している。土地所有者によると、畑の土壌肥沃度は低く、作物の栽培には適していない土地だという。来年度には、この土地に圃場を建設し、土壌改善をするために、入手できる資材や現地の人びとがもつ土壌肥沃度に関する在来知識を調査する予定にしている。
ガーナでは桐越と牛久、國枝の3人が調査を継続している。桐越は森林帯とサバンナ帯に5m四方の実験圃場をつくり、地域の生活ごみを投入し、どのような植物が生育してくるのかを観察する。同様の実験は、ザンビアでも開始しており、生育する植物の種と重量を比較したいと考えている。Anderson(1952)やAbbo et al. (2005)は農業の起源としての“Dump-heap hypothesis”(ゴミの野積み理論)を提唱しており、住民が生活するゴミの蓄積により生育する植物種の変化を明らかにする予定である。
日本では、京都を中心に研究活動を展開する予定にしている。京都市内のホテルにおいて、レストランから排出される食材ごみを使ってドライ・コンポストによる堆肥づくりを継続する。季節と温度変化によるドライ・コンポストの効率、悪臭やウジ虫、小バエの発生で失敗しない方法を確立する。府内の小学校におけるコンポスト授業の提供は5校に増やし、小学校の総合的な学習の授業としてのマニュアルづくりを進める。京都市動物園の動物糞とホテルの食材ゴミから動物ふん堆肥を試作し、圃場実験をおこなう。第三者機関による化学性と生物性、そして有害重金属の分析を委託し、デザイナーやプロモーターとともに商品化の可能性をさぐる。事業化の可能性をさぐることについては、京都大学xダイキン工業包括連携運営事務局のアドバイスを受ける予定としている。もし、うまくいくことがあれば、社会実装(ビジネス化)を進めて、地球研発のベンチャー企業の設立も視野に入れたいという希望もある。
来年度以降への課題
① これまでの研究の遂行からプロジェクトとして得られた、あるいは直面した課題と、その解決策
本プロジェクトの主眼としている、都市の有機性ごみの農業利用や生態系の修復というアイディアは、これまでに学術界ではフォーカスが当てられてこなかったこともあり、とくにフィールド・サイエンスの研究者にとっては着手しにくいテーマなのかもしれない。FSとPR期間においてオンラインと対面で繰り返し、研究会を開催してきたが、研究参画者の巻き込み方には工夫が必要であると思っている。そのためには、わたし自身がマレーシアやラオスのフィールドを歩いてみようとも考えている。
② プロジェクト研究に対する研究所の支援体制について特に課題となるもの
特段、感じることはありません。ただ、思った以上にクロスアポイントメントによるプロジェクト運営やペーパーワークの労力が大きいです。出張や兼業の手続き、e-learningの重複などは、なんとかならないのかと思います。なかなか時間と労力の制約が強いのですが、他プロジェクトとの連携や協業など有意義な関係性がどのようにつくれるのか、模索したいと思っています。
とくに、研究企画係と広報室をはじめとする職員のみなさんのご尽力には、感謝しております。日ごろ、松田プログラム・ダイレクターには、有意義なコメントをもらっています。