プロジェクト区分 | フルリサーチ(FR) |
期間 | 2021年04月 - 2028年03月 |
プログラム | 地球人間システムの共創プログラム |
プロジェクト番号 | 14200156 |
研究プロジェクト | 人・社会・自然をつないでめぐる窒素の持続可能な利用に向けて |
プロジェクト略称 | Sustai-N-able |
プロジェクトリーダー | 林 健太郎 |
URL | https://www.chikyu.ac.jp/Sustai-N-able/index.html |
キーワード | 窒素問題、窒素利用、窒素汚染、窒素循環、持続可能性 |
研究目的と内容
1.研究プロジェクトの全体像
1)目的と背景
本研究は、化学肥料や工業原料、また、近年着目されている燃料としての窒素利用およびエネルギー源としての化石燃料利用という便益が、全球~局地スケールの窒素汚染という脅威をもたらすトレードオフ、すなわち、窒素問題を対象とする(図1)。本研究の目的は、日本を主な研究対象としつつ、国際的な活動とも連携し、普遍的で世界に適用可能な窒素問題の評価手法や将来シナリオおよびこれらの基礎となる知見を創出し、国連環境計画(UNEP)が始めた国際窒素管理を支援して世界の取り組みを大きく前進させ、2050年における窒素問題の解決と、food equityおよび人と自然の健康の実現を目指すことである。FR5までの限られた研究期間においては、次の3つのブレイクスルーを実現する。①学術的知見に基づき窒素利用の便益と窒素汚染の脅威を評価して可視化する仕組みの構築(窒素の因果解析)、②多様なステークホルダーにいまだよく知られていない窒素問題への認識の浸透(窒素の認識浸透)、および③将来世代の持続可能な窒素利用に向けた将来設計(窒素利用の将来設計)である。
図1 窒素問題はトレードオフ:便益を求める窒素利用が窒素汚染という脅威をもたらす。
窒素汚染は、温暖化、成層圏オゾン破壊、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化などの多様な環境影響の原因となり、人と自然の健康に害を及ぼす。窒素汚染の被害コストは、2000年代の世界全体で年間約3千4百億米ドル~3兆4千億米ドルと推定されている(UNEP, 2019)。人間活動に伴う反応性窒素(安定な分子窒素[N2]を除く窒素化合物、Nr)の生成量は、いまや自然界の生成量を大きく上回っている(Fowler et al., 2013)。しかし、人類の窒素利用効率(投入窒素のうち最終産物に達する割合、NUE)は約20%と低く(Sutton et al., 2013)、必然的に大量の廃棄窒素が発生し、このうち無害なN2に変換されずに環境に排出されたNrが窒素汚染を引き起こす。プラネタリー・バウンダリーを指標とした地球環境問題の評価では、人為的な窒素循環の改変は地球システムの限界を超えたとされる(Rockström et al., 2009; Steffen et al., 2015)。窒素の最大用途である化学肥料、すなわち食料生産のNUEは、世界平均として農作物が約50%、畜産物が約10%である(Lassaletta et al., 2014; Bouwman et al., 2013)。つまり、畜産物嗜好は食料システムのNUEを低下させ、食品ロスは食べずに失われた食料の生産に投入した窒素や他の資源の全てを無駄にする。化学肥料利用の経済格差により、世界には窒素過多の地域と窒素欠乏の地域の双方が存在する。生産と消費の場はしばしば国境をまたぎ、消費国は意識せずとも生産国の窒素汚染を助長しうる。人為起源の廃棄窒素は増加し続けており、2005年には1961年の約4倍、2050年には約6倍になると推計されている(Sutton et al., 2021)。限られた農地面積で増加中の世界人口を支えるために農地への窒素投入は増え、農地由来の窒素汚染が増大する可能性が高い(Mogollón et al., 2018)。また、アンモニア(NH3)を燃料や水素キャリアとしてエネルギー源にするという窒素の新しい用途が生まれつつある(Nishina, 2022)。それぞれの窒素用途について、今後の推移を注視することに加え、窒素の便益を保ちつつ窒素汚染の脅威を緩和する持続可能な窒素利用への転換が必要である。
日本では、2000~2015年の廃棄窒素は600万トン弱で推移し、1人当たりでは世界平均の約2倍であった(Hayashi et al., 2021)。日本においては廃棄窒素の約80%が正味の輸入に由来し、国内の再生利用の場が限られることに加え、輸出国に生産時の窒素汚染を負わせてもいる。日本の消費者は窒素源となるタンパク質の約20%を水産物から摂取しており、農・畜産物と同じく水産物の窒素フローの評価が求められる。自然起源の窒素を漁獲する水産物のNUEは数百%にもなるものの、水産資源の持続可能性の担保が欠かせない。2000年代の環境へのNr排出は減少し、特に輸送部門の窒素酸化物(NOX)の減少が顕著であった。一方、日本は、脱炭素化のために炭素を含まず燃やしても二酸化炭素を生成しないNH3燃料に着目している。NH3の国内需要は、2015年には窒素換算で100万トン弱であったが、経済産業省は、燃料向けとして2030年には窒素換算で400万トン、2050年には同2500万トン(2015年の世界生産の18%に相当)のNH3導入計画を公表した(経済産業省, 2021)。供給は主に輸入に頼り、NH3価格の変動影響を含む肥料・産業・エネルギー用途間の競合という経済面の懸念と、NH3の漏洩や燃焼したNH3から発生するNOXによる窒素汚染の助長という環境面の懸念がある。このように、日本の窒素利用の将来には大きな振れ幅が予想され、日本国内の変化は国際貿易を介して世界にも大きく波及することから、日本における持続可能な窒素利用の実現に向けた政策・技術・行動変容は、窒素問題の解決に向けた国際的な取り組みにも大きく貢献する。
2003年に正式発足した国際窒素イニシアティブ(INI)は、窒素問題に関する国際専門家グループである。INIは、窒素利用の便益と窒素汚染の解消の両立を目指し、国際プロジェクトの立案、国際機関の支援、定期的な(これまで3年ごとの)国際窒素会議の主催などの活動を行っており、Future Earthとの連携も志している(INI, 2022)。SusNプロジェクトリーダー(以下PL)は、2022年11月よりINI東アジア地域センター代表に就任し(日本から初めて、任期3年✕2期まで可)、東アジアに加えて東南アジアの専門家のネットワーキング、INIの国際活動とSusNとの連携、および国際窒素会議の京都への招致を進める所存である。UNEPとINIは、科学的知見を国際政策に活かす国際窒素管理システム(INMS)プロジェクトを推進している(2017年10月~2023年6月)(INMS, 2022a)。PLとSusNメンバーの一部は共同リーダーなどとしてINMSに貢献してきた。INMSは、国連持続可能な開発目標(SDGs)と連動して世界の廃棄窒素を半減する目標を掲げ、科学的知見を集積した国際窒素評価書(INA)を2023年6月に発刊予定である。PLはINAの編著者の一人であり、SusNメンバーの一部はINAの著者である。SusNはINMSのスピンオフとも言え、INMSウェブサイトにおいても紹介されている(INMS, 2022b)。UNEPが2年ごとに主催する国連環境総会(UNEA)の第4回および第5回において「持続可能な窒素管理決議」が採択された。第6回は2024年2月26日~3月1日に予定されており、持続可能な窒素管理に向けた国際的な合意形成が今後加速すると予想される。UNEPは参加国間の合意形成を図るために窒素作業部会(NWG)を設けている。未参加である日本にも担当窓口の設置が求められており、SusNメンバーのような専門知識を有する者との科学・政策連携による日本の持続可能な窒素利用の議論が今後必要になると予想する。
窒素問題に関する学際研究は、主に個別のトピック、例えば、環境中の窒素諸過程の解明と数値モデル化、環境モニタリング、個々の汚染の環境英表評価、窒素フットプリント指標開発、農業環境政策の立案、窒素の産業用途の技術開発などで進展してきた。窒素問題の解決に至るには多くの学際的課題が残されている。課題の例として、Nr負荷に対する自然生態系の応答と影響、人間社会の精緻な窒素フローと環境へのNr排出およびこれらの将来シナリオ、政策・技術・行動変容が窒素面でもたらす物質・経済的な効果、そして、窒素利用と窒素汚染の因果関係を可視化して持続可能な窒素利用に向けた意思決定を支援する仕組みが挙げられる。さらに、多様なステークホルダーと持続可能な窒素利用の在り様を共創する超学際的な取り組みが不可欠である。なぜなら、窒素は食・モノ・エネルギーを通じて全ての人間活動と深く結びついているからである。将来世代の視点から問題解決に導くアイデアを編み出す手法として着目されているフューチャー・デザイン(以下FD)は、持続可能な窒素利用の実現をもたらすアイデアを編み出すためにも有用と期待している。SusNでは、第3期プログラム3西條アドバイザーの助言に加え、地球研戦略プログラムFDプロジェクト(PL:中川)と連携してFDの窒素問題への応用に取り組んでいる。
2)地球環境問題の解決にどう資する研究なのか
SusNでは、窒素問題に関する各専門分野の研究の深化と併せて次の3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、および③窒素利用の将来設計を目指す。最終成果として、①については政策・技術・行動変容により窒素利用と窒素汚染がどのように変化するかを定量評価して可視化するツール、②については最新の学際知(例:Japanese Nitrogen Assessment[日本窒素評価書、JNA]、地球研終了プロジェクト(CR)の窒素面のレビュー、各種専門書籍)、超学際知(例:窒素・環境問題認識チェック設問集、窒素問題を伝えるリーフレット、各種動画・読み物などのナラティブ)、および設問集や各種ナラティブを用いた各ステークホルダーへのアプローチ、③については国内外の多様なステークホルダー(例:政策決定者、専門家、消費者、生産者など)とのFDの実践、UNEPやINIなどの国際的な窒素管理との連携の実績などが得られる。窒素問題とは、大きな便益を求める我々の窒素利用が多様な窒素汚染という脅威を同時にもたらしているトレードオフであるが、この関係が複雑であることが窒素問題の認識を妨げており、便益の維持と脅威の低減の両立が困難であることが窒素問題の解決を妨げている。SusNの最終成果は、窒素利用と窒素汚染の因果関係に基づき、各種対策・行動変容の効果の定量的情報を提供し、窒素問題に関する学際・超学際知を通じて多様なステークホルダーが窒素問題を自分事に落とし込むことを促進し、その上で、将来世代が窒素を持続可能に利用するためのアイデアを生み出す機会と実践の蓄積をもたらす。この結果、国内外における窒素問題への認識が増し、持続可能な窒素利用に向けた既往・新規の取り組みが強化され、窒素問題の解決へのブレイクスルーが生じると期待している。
3)研究手法・構成・ロードマップ
窒素利用と窒素汚染のトレードオフ、「窒素問題」は人間活動と環境の全てを包含する大きな課題であり、未解明の事柄が多く残されている。そこでSusNの研究手法の第一の柱は、自然、人間活動の物質面、そして人間活動の経済面を網羅して最新情報・データの集積および自らが最先端に立っての学際研究(例:野外調査、室内実験、数値解析、アンケート調査、データ整備、シナリオ構築など)を行うことである。そして、窒素問題の解決に向けた動きを世の中に現出させるためには、政策決定者の意思決定の支援、30年前の温暖化問題のようによく知られていない窒素問題への各ステークホルダーの認識の浸透、および将来世代の持続可能な窒素利用を実現する自由なアイデアを生み出す仕組み、すなわち、SusNが目指す3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計が求められる。よって、SusNの研究手法の第二の柱は、既往・最先端の学際知を統合しつつ、他のステークホルダーとともにブレイクスルーの実現に向けた共創と実践を行う超学際研究である。また、多岐に渡る窒素問題に対してSusN単独で成し遂げられることには限界があるため、国内外の窒素関連プログラム・プロジェクトと密接な連携を図り、シナジーを生み出すことを第三の柱と位置付ける。他のプログラム・プロジェクトとの連携には、これらに携わる者同士の相互作用から多くのスピンオフ課題が生まれ、SusN終了後も持続可能な窒素利用に資するプロジェクト群が継承されるという期待がある。
SusNプロジェクトの構成は、人・社会・自然をつなぐ窒素問題の全てを学際的に網羅するための3つの学際研究班として、自然循環班(環境中の窒素動態の未知の解明や他の班の解析における窒素の環境科学面の情報・データの提供など)、人間社会班(食・モノ・エネルギーの生産・消費における窒素フローと環境に対する各種反応性窒素の排出量の算定や窒素利用の将来シナリオの構築など)、および経済評価班(食料の生産・消費など人間活動における社会的費用の計測や窒素に関する行動変容・ナッジ効果の解明など)、そして、3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、および③窒素利用の将来設計を他の3つの班と連携して成し遂げるための超学際班として、将来設計班から成る。窒素問題の大小が空間的にばらつくことを考慮し、SusNとしての共通解析サイトを設けるとともに、局地~地方~国~地域~世界と各スケールをつなぎ、ボトムアップとトップダウンの両面から研究に取り組むアプローチを用いる(図2)。
図2 研究アプローチ。学際研究班(自然循環班、人間社会班、経済評価班)が各専門分野の研究深化を図り、超学 際班(将来設計班)が他の3つの班と密接に連携して3つのブレイクスルー①窒素の因果解析(N-DPSIR)、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計の達成に取り組む。空間的には地方~国~世界を網羅する。
ロードマップは「7.研究計画(ユニット単位)」に示すとおりである。FR1開始までに共通研究サイトを決定する(候補:琵琶湖、霞ケ浦、東京湾、東松島、志摩など)。FRの期間全体を通じて4つの班が密接に連携し、各共通サイトにおける自然・社会の窒素循環の実態および窒素問題の要因-圧力-状態-影響-応答(DPSIR)連関(環境指標の基本フレーム;EEA, 1999; EEA, 2005;図3)の解明、各地域のステークホルダー(生産者や消費者など)の窒素問題に関する行動および問題解決に資する変容の素地の相違・相同点の解明、および窒素問題に対する認識浸透や将来設計に向けた超学際研究を行う。また、国内地方および国スケールの窒素の因果解析も行う。自然循環班では20年前と現在の全国山地渓流水質の比較評価と解析、人間社会班では都道府県単位の窒素収支解明や産業連関分析および窒素利用の将来シナリオ構築、経済評価班では窒素の社会的費用の計測や消費者や生産者の窒素問題の解決に対する行動選択の解析、将来設計班では3つのブレイクスルーを国スケールで達成するため、サイトを限定しない①②③の活動に取り組み、特に③では国際展開にも同時に取り組む。最終成果物として、窒素の因果解析の可視化ツールの公開(①)、地球研CR窒素レビューの書籍(②)、他のプログラム・プロジェクトと連携したオール・ジャパンとしてのJNAの発刊(②)を計画する。関連イベントとして、FR1半ばにINAが発刊される予定であり、FR4後半に国際窒素会議を京都に招致することを構想している(INI運営委員会で投票により決定されるため確約ではないが良い感触を得ている)。
図3 要因-圧力-状態-影響-反応(DPSIR)連関を窒素問題に適用する。
4)期待される成果
確実な達成が期待されることは、学際知見の大幅な充実(例:全国山地渓流水質とNr排出の時空間的関係、人間社会の窒素フローと環境へのNr排出量、窒素の社会的費用や窒素汚染対策効果の効果など)、自然・社会科学の協働研究成果(例:自然科学の知見で裏打ちした社会実験成果、窒素フットプリントなどの指標の経済評価や行動変容への活用、窒素利用と窒素汚染の因果解析ツールなど)、学際・超学際知に基づく各種のナラティブ(例:窒素問題のリーフレット[プロジェクト紹介のリーフレットを兼ねる]、窒素・環境問題の知識と環境配慮行動を問う設問群とその高校生・大学生への適用結果、地球研CRs窒素レビュー、各種専門書籍、最終成果物としてのJapanese Nitrogen Assessmentなど)、および国内外のステークホルダーとのFD実践から得られる持続可能な窒素利用に資するアイデア群である。その先の夢は、持続可能な窒素利用、すなわち、窒素問題の解決と、豊かで公平な食および人と自然の健康の実現である(図4)。
図4 Sustai-N-ableプロジェクトの期待される成果。
5)研究組織
SusNは学際研究を担う3つの班(自然循環班、人間社会班、経済評価班)および超学際研究を担う1つの班(将来設計班)の計4つの班から構成される。自然循環班、人間社会班、経済評価班はそれぞれの専門領域の研究の深化に努めるとともに、共通解析サイトにおいて連携して調査・解析を行い、窒素問題に対する分野横断的な学際知の蓄積を行う。将来設計班は他の3つの班と連携し、他のステークホルダーとともに学際知から超学際知の共創を行う。将来設計班では幾つかのミッションを立ち上げ、ミッションごとに全ての班からの関心者を含むチームを形成してミッション達成を目指す。各班には班長を置き、各班の研究活動をリードする。将来設計班は超学際知の共創という統合的なタスクを担うことから、同班の班長はPLが担う。各班の班長とメンバー構成(2022年11月21日現在)は図5に示すとおりである。
図5 Sustai-N-ableプロジェクトの班構成とメンバー(PR、2022年11月21日現在)。
本年度の課題と成果
2.本年度までの進捗
1)研究プロジェクト全体のこれまでの進捗
l 手法開発や組織形成を含むこれまでの研究成果
FS開始時は窒素の最大用途である「食」(食料生産・消費)に絞り込む方針としたものの、窒素問題は食・モノ・エネルギーの人間活動の全てと密接に関わり、窒素の新たなエネルギー用途が生まれつつもあることから、人間活動と環境媒体の全てを対象とした研究にすべきと判断し、FS後半以降は、窒素問題を網羅的に扱う手法開発と組織形成に取り組んできた。
窒素については、環境中の窒素動態、人間活動における窒素フローと環境とのつながり、窒素問題への取り組みの経済効果や社会・人の行動の応答など、多くの未知が残されている。よって、各分野の最先端の知見を収集することは当然として、自らも学際研究の最先端を担う必要がある。そして、窒素問題の解決に向けた動きを現出させるには、意思決定の支援、いまだよく知られていない窒素問題への認識の浸透、および将来世代の持続可能な窒素利用を実現する自由なアイデアを生み出す仕組みが必要となる。これらこそ、SusNが目指す3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計である。3つのブレイクスルーの達成には、既往・最先端の学際知を統合しつつ、他のステークホルダーとともにブレイクスルーの実現に向けた超学際知の共創と実践が必要となる。よって、各分野の最先端の研究を目指す3つの学際研究班(自然循環班、人間社会班、経済評価班)により各分野の最先端研究を志すとともに、得られた知見を持ち寄ってブレイクスルー達成を担う超学際研究班(将来設計班)を設けた。自然循環班、人間社会班、および経済評価班の手法は、既往手法を発展させつつ、窒素問題に関わる未知の解明に挑戦するものである(例:環境に排出されたNrの行方、人間社会の窒素フローと産業連関との結合、各種対策技術の効果とコスト評価、窒素の便益・脅威に関する農家・消費者の選択行動の解明など)。将来設計班の手法は、3つのブレイクスルーそれぞれに複数の具体的課題(ミッション)を設定し、ミッションごとに各班から参画者を得たチームで取り組むものである(例:窒素の費用対便益分析[CBA]、窒素問題の知識・環境配慮行動の調査素材開発と教育現場での適用、国内・国外の多様なステークホルダーとのFD)。ミッションは、独自あるいは他のプログラム・プロジェクトとの関わりで常に新たなアイデアが生まれる可能性があり、SusNの進行に応じて随時効果的なミッションを追加して実施する。SusNは国内外のプログラム・プロジェクトとの連携も重視しており、国内では地球研FR(FDプロジェクト、サプライチェーンプロジェクト)、JST COI-NEXT美食地政学プロジェクト(PL:松八重、SusN人間社会班班長)、産総研ムーンショット(PL:川本)、ライフサイクル影響評価手法LIME(PL:伊坪)など、国外では国際窒素管理システム(INMS)プロジェクト(PL:M.A. Sutton)、UNEP、INI、欧州長距離越境大気汚染条約反応性窒素タスクフォース(TFRN)と連携して窒素関連研究に取り組んでいる。
SusNでは、窒素問題を包含するために多様な分野の専門家からなる研究組織と人のつながりを形成することを最重視してきた。生物地球化学、安定同位体化学、環境工学、産業エコロジー学、農学、農業経済学、環境経済学、人生史学、政策学などの各分野の第一線の研究者、そして、食文化や環境教育などの学際・超学際面からユニークな活動を行っている研究者と専門家の参画を得て、上記の3つの学際研究班と1つの超学際研究班を形成した。FR審査時にERECで指摘を受けたように、特に政策学や環境経済学に関してPRにおいて新たなメンバーの参画を得るなど、専門性と網羅性の拡充に努めてきた。また、近い将来の研究を担う若手のコミットを促すために、研究組織には複数名の大学院博士課程の学生が加わるよう配慮し、SusN推進の担い手と期待する地球研研究員を雇用する計画である(PRでは1名を採用、FR1よりさらに3名を採用予定)。
PRにおける研究成果は「3の1)」に記載する。FSにおいては、ブレイクスルー①に関して、日本の窒素収支評価を公表し(Hayashi et al., 2021、地球研も共同プレスリリース)、ブレイクスルー②窒素の認識浸透に関して、2021年9月に日本土壌肥料学会大会シンポジウム(150名強参加)、同年10月に国際プロジェクトINMSおよび南アジア窒素ハブ(SANH)との合同オンラインワークショップ(33名参加)、同年11月に第1回窒素循環シンポジウム(FSとしては初めての地球研共催、600名強登録)を開催し、11月のシンポジウムでは基調講演とパネリストを担い、同年12月には窒素問題の書籍「図説 窒素と環境の科学」(林ほか, 2021)を発刊した。また、ブレイクスルー③窒素利用の将来設計に関して、当時のコアFS(責任者:中川)と連携してFDセッションを2回実施した経験に基づき、FDが窒素問題の解決にも有望なアプローチになると確信し、SusNへの参画を得た。
l プロジェクトのめざす最終成果のどの部分が達成されたか
SusNが目指す3つのブレイクスルーのうち、①窒素の因果解析について、FSでは環境指標の基本フレームとなるDPSIR連関(EEA, 1999; EEA, 2005)の窒素問題への適用可能性を議論し、PRではINMSプロジェクトのCBA事例の情報収集を行った。新型コロナウイルス感染症の影響によりINMSプロジェクトにも大きな停滞があり、CBAの手法論と世界への解析結果の公開は2023年度となる。よって、FR1より窒素問題のCBAおよび窒素利用・窒素汚染の因果解析に本格的に着手する。窒素の因果解析のために研究員の雇用を予定している。ブレイクスルー②窒素の認識浸透について、ISの頃より市民向けトークイベントの企画などに取り組み、FSでは産総研ムーンショットと協力して第1回窒素循環シンポジウムを共催した。PRにおいても第2回窒素循環シンポジウム(2022年11月21日)を共催しており、数百名の参加が見込まれている。窒素問題の知識を伝えるマテリアルとして、FSにおいて「図説 窒素環境の科学」を刊行し(林ほか, 2021),PRではイラストを交えて窒素問題の概要を伝えることも企図したプロジェクトリーフレットの制作や窒素問題・環境問題の知識と環境配慮行動を問う設問群の設計に取り組んでいる。また、IS、FS、PRを通じて、窒素問題に関する一般向け講義・講演の機会を多数得てきた(PRでの例:東大、東京農大、慶応大、青翔高校、日本ペドロジー学会公開シンポ、日本土壌肥料学会公開シンポなど)。ブレイクスルー③窒素の将来設計について、国内行政機関(農林水産省、環境省、経産省、国交省)と窒素問題の勉強会を開催し、FDの普及と実践に取り組んできた(専門家によるアンモニア燃料FD、与謝野町などへのFDの説明、FDを紹介する日本語・英語版動画など)。また、他のプログラム・プロジェクトとの連携について、上記の産総研ムーンショットに加え、PRではJST COI-NEXT美食地政学プロ(松八重)と連携してトークイベントを共催し、国環研地球システム系研究者と意見交換を行い、Future EarthのGRPsの一つであるiLEAPSの日本小委員会においてSusNを認証プロジェクトとし(iLEAPS-Japan, 2022)、INMSおよびINIにおいてもSusNを連携・認証プロジェクトとすることに内諾を得た。
l 計画などで想定した以外の成果で特記すべきもの
FSにおける日本の窒素収支評価のプレスリリースは、行政機関やメディアからの問い合わせを生み、窒素問題の認識浸透の効果を生んだ。同じくFSにおいて産総研ムーンショットと協力して地球研共催とした第1回窒素循環シンポジウムには600名強のエントリーがあり、こちらも多様なステークホルダーの窒素問題に対する関心の拡大に効果があった。FS後期からPR初期にかけての各省訪問が功を奏し、令和5年度環境研究総合推進費の行政ニーズに包括的な窒素管理が入り、SusNメンバーを中心に「廃棄窒素削減に向けた統合的窒素管理に関する研究」と題したプロジェクトを提案した(代表者:仁科、SusNからPL、松八重、種田、小野寺が参画、2022年11月現在審査中)。PR初期に立候補したINI東アジア地域センター代表にPLが選出された。SusNに取り組んでいることがINIへの強力なアピールになったと認識している。PRにおける特記事項の詳細は「3の2)」で述べる。
l 直面した課題やその解決策など
新型コロナウイルス感染症による研究の遅延はIS、FS、およびPR前半において大きな影響をもたらした。対面形式の議論の全てを補えるものではないが、オンライン形式の議論で以てSusNの計画・組織の発展を行ってきた。新型コロナウイルス感染症の影響は連携する他のプログラム・プロジェクトにも顕著にあらわれ、特にブレイクスルー①窒素の因果解析において参考とする予定であるINMSプロジェクトの世界の窒素利用のCBA解析の進展にも停滞が生じた。CBAについてはFR1に持ち越してINMSの手法に学びつつ、特定のテーマを掲げて(例:窒素汚染に対する処理のCBA)SusNでの研究蓄積と改良に取り組む。PR前半以降は対面形式の議論や出張が可能となってきたことから、遅れを取り戻すよう積極的に実施している。特に2022年11月上旬に開催したPR全体会合はメンバー間の交流と計画固めにとてもよい機会となった。
2)研究目的、手法、組織体制の変更・見直し(該当の場合のみ)
研究目的と手法には変更・見直しはない。ただし、PRの間も研究計画および研究組織の充実に努めており、窒素の因果解析、窒素の認識浸透、および持続可能な窒素利用の設計という3つのブレイクスルーを達成するために、特に4つの班の連携を強化することを重視し、班長会議を季節に2回ほどの頻度で開催している。
一方、組織体制の変更として、プロジェクトサブリーダー(SL)かつ将来設計班共同班長である柴田(北海道大学)が一身上の都合によりPRでもって退任する。SLは重要な役目であるが、班長の誰かをSLとして別の誰かを当該班長とすること、あるいは、SLと班長を兼任とすることは、プロジェクトの進行に大きな影響を与えることであり、拙速に後任を求めない。当面(おそらくFR1の間)はSL不在で進行する方針である。また、各班内の活動の相互支援を図るため、班長には必要に応じて班内のサブリーダー(副班長)の任命を依頼している。
3.本年度の成果と課題および自己診断
1)本年度の成果
l 研究成果(手法の開発や組織の形成などを含む)
FSおよびPRにおける手法の開発や組織の形成、およびプロジェクトの最終成果のどの部分が達成されたかは「2.本年度までの進捗」に記載したことから、こちらではPRの研究成果とそれに対する自己評価に主眼を置いて記載する。学術的成果として、学術論文はレビューが主体となった(林, 2022; Hayashi, 2022; Pedersen et al., 2022)。一方、脱炭素化で着目されるアンモニア燃料の環境面の懸念へのオピニオン・ペーパー(Nishina, 2022)や窒素問題の大切さを伝える書籍や記事の執筆機会も得た(林ほか, 2021; 林ほか, 2022; 林, 2023a; 2023b)。また、従来のライフサイクル影響評価手法では一酸化二窒素(N2O)の成層圏オゾン破壊効果の被害係数が算定されていなかったため、皮膚がんと白内障への潜在影響を対象とした被害係数を論文にまとめて投稿した(Hayashi and Itsubo, 審査中)。この成果は窒素問題の費用対便益分析(CBA)の解析に有用である。また、書籍「持続的農業の経済学(仮)」の刊行に向けて執筆を進めた。研究調査の進展として、全国の山地渓流水の調査をシチズンサイエンスの手法で行う「山の健康診断」(京大フィールド研, 2022)をSusNとして支援した。同調査は、SusNがFR1で行う計画であった全国山地渓流水調査の先取りに位置付けられる。FRでは同調査のフォローアップにより精緻的な実態解明が可能となる。また、鉄のリサイクルに有用な電炉法のライフサイクル評価において、従来法とアンモニアをエネルギー源とする方法を比較すると、アンモニア利用で反応性窒素の総発発生量をむしろ減らせる可能性が指摘された。窒素の認識浸透に関する活動として、文部科学省の一家に1枚ポスター企画に「窒素」として提案し、最終選考まで残ったものの落選した。FR1に再挑戦するつもりである。窒素に関する研究発表および講演の機会を多く得たほか、複数の高校・大学から講義のオファーを得た。JST COI-NEXT美食地政学プロジェクトが主催したGlobal Gastronomy Day記念オンライントークイベントを共催し、産総研ムーンショットが主催した第2回窒素循環シンポジウムを共催した。窒素利用の将来設計の重要なアプローチとなるフューチャー・デザイン(FD)について、戦略プログラムFDプロジェクトが主催したFD実践(アンモニア燃料)の成果をオピニオンペーパーにまとめつつある。FDを広く伝える素材として、FDに出会った自然科学者の想いを伝える動画(日本語版,英語版)をFDプロジェクトとともに制作した(中川ほか, 2022; Nakagawa et al., 2022)。また、こちらもFDプロジェクトと連携して、30年後のおコメ消費の在り様を消費者に問う教材の制作に取り組んでいる。PR前半に環境省、経済産業省、国土交通省に対して窒素問題を伝える勉強会を開催した。
2)目標以上の成果を挙げたと評価出来る点
FS後期の2022年2月にPLは農林水産省に窒素問題を解説するオンライン勉強会の機会を得た(約30名参加)。これは第5回国連環境総会の直前に、持続可能な窒素管理決議の草案について農林水産省から助言を求められていたことへの対応でもあった。PR前期にPLと自然循環班の仁科(国立環境研究所)、および産総研ムーンショットプロジェクトマネージャーの川本(産業技術総合研究所)が協力して、環境省(2022年4月)、経済産業省(同5月)、および国土交通省(同5月)にはたらきかけて窒素問題の勉強会を開いた。特に環境省のオンライン勉強会には局長クラスを含む65名の参加を得た。その後、環境省から幾度かの照会を受け、令和5年度環境研究総合推進費の行政要請研究テーマ(行政ニーズ)に「5-15 窒素に関する大気・水・土壌の包括的な管理手法の開発」が掲げられることとなり、仁科が研究代表者となって「廃棄窒素削減に向けた統合的窒素管理に関する研究」の課題で応募した。SusNからPLほか複数名のメンバーが参画し、国立環境研究所との連携促進も狙っている。採択に至れば、3年間のプロジェクトとして日本国窒素インベントリの手法確立と算定、廃棄窒素削減目標の設定、統合的窒素管理政策の効果の評価、および日本・アジア域における廃棄窒素削減シナリオの評価に取り組むことが可能となり、窒素管理の推進に貢献し、SusNが目指すブレイクスルーの実現に大きく近づくことができる。UNEPの窒素ワーキンググループに日本の窓口が設けられる際には、所掌より環境省が担当すると予想される。この点でも、環境研究総合推進費の行政ニーズに窒素問題の包括的管理手法が掲げられ、これに我々が応じた意義は大きい。関連省庁の関心を誘導するために実施した勉強会が、目標以上の成果を挙げたと評価する。
窒素問題の国際的な専門家グループであるINIは、その本部(現在はアメリカ)と地域センター(欧州、北米、南米、東アジア、南アジア、アフリカ、オセアニア)から構成される。2022年夏に東アジアを含む複数センターの次期代表の公募があり、PLは東アジア地域センター代表に立候補した。その結果、PLは日本から初めての代表として選出され、中国のBaojing Gu(浙江大学)を副代表とした新体制が2022年11月より開始となった(任期3年×2期まで可能でSusNのFR期間を包含する)。従来の東アジア地域センターは日中韓のみを対象としていたが、PLの方針として東南アジアを含む専門家ネットワークへの拡充を志し、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムなどの関心者に声をかけてメーリングリストの立ち上げを行っている。地域センター代表・副代表はINI運営委員でもあり、国際活動にも積極的に関与する。INIは専門家の立場からINMSプロジェクトの立案やUNEPの国際窒素管理の支援などを担ってきた。PLがINI運営にコミットすることは、SusNの国際活動、特に国際的なステークホルダーとのFDなどのTD研究の展開に大きな力を与える。2022年10月にマドリードでの第21回国際窒素ワークショップに併せて開催されたINI運営員会にPLも参加し、SusNをINIの認証プロジェクトにすること、原則3年ごとの国際窒素会議(次回は2023年11月もしくは2024年1月にニューデリーで開催が決定)を京都に誘致することを提案し、良い感触を得た。1998年を初回とする国際窒素会議は日本では未実施であり(東アジアでは2003年に南京で開催)、本会議の京都への誘致は地球研にもきわめて有意義な機会となるため、実現に協力をいただきたく願う。INI東アジア地域センター代表の選出は審査に基づくものであり、SusNの取り組みへの期待とそれを果たそうとするPLの努力が認められた結果と理解している。SusNの国際連携の推進を企図する活動が目標以上に大きく進展したと評価する。
3)目標に達しなかったと評価すべき点
新型コロナウイルス感染症の影響はPR期間にも残っており、前半は国内外ともに対面を主とした会議が困難であった。このために、SusNが目指す3つのブレイクスルーのうち①窒素の因果解析の進展に遅れが生じた。PRにおいては、INMSプロジェクトによる国際的なCBAおよびシナリオ解析を参考として、SusNの因果解析の手法論を検討する計画であった。しかし、SusNにおける議論の機会が限定されたことに加え、INMSプロジェクトもまた新型コロナウイルス感染症の影響で滞りがちであり、INMSプロジェクトの最終成果物である国際窒素評価書(INA)のCBA関連章が現状いまだ非公開という遅延が生じた。2022年11月にようやくSusNの対面主体のハイブリッド会合を開催することができ、窒素の因果解析の方針を検討した。FRからは、既往のデータを用いてテーマを絞ったCBAを実施(例:窒素汚染の処理・未処理のCBA)、INAの解析の応用の検討、および窒素の因果関係を網羅した解析への進展へと段階的にスキルと経験と実施可能者を増やしていく方針とする。また、ブレイクスルー③持続可能な窒素利用の将来設計の国際展開を企図し、FDを英語で紹介する動画2点を制作してUNEPにFDに関するセミナー・実践機会を提案したものの、現状は未反応である。次の第6回国連環境総会(UNEA-6: 2022年2月26日~3月1日)の前には窒素ワーキンググループなどの活動が活発になると予想されるため、FR1においてタイミングを見計らって再提案する。一方、INIの専門家がFDを用いたnitrogen communicationに関心を持つと期待されることから、INIとその関係者によるFDのセミナー・実践機会も設けていく。
4)実践プログラムへの貢献について特筆すべき成果・課題
SusNが目指すブレイクスルーのうち、①窒素の因果解析は、窒素利用の便益と窒素汚染の脅威を評価して持続可能な窒素利用の意思決定に資する情報を提供することを狙っており、第4期実践プログラム3「地球人間システムの連関に基づく未来社会の共創」の多様な人間活動と自然との関係性や連環を解明して二律背反の減少と相乗効果の増大を目指す1つ目のミッションと合致し、同プログラムの推進に貢献する。この因果解析はまた、地方、国、アジア地域、世界といったマルチ空間スケールにおける窒素利用と窒素汚染の関係解明を含み、各々の主体の窒素利用の豊かさのequityを志すことから、第3期実践プログラム3「豊かさの向上を実現する生活圏の構築」にも貢献する。SusNが目指すブレイクスルーの②窒素の認識浸透および③窒素利用の将来設計は、多様なステークホルダーと窒素問題に関する学術的知識を共有しつつ、各種ナラティブなどの超学際知の創出に取り組み、国内外においてFDなどを用いて持続可能な窒素利用の在り様を設計していくことを狙っており、第4期実践プログラム3の2つ目と3つ目のミッションに合致し、同プログラムの推進に貢献する。また、③持続可能な窒素利用の将来設計においては、戦略プログラムFDプロジェクトと協力して、FDを持続可能な窒素利用の設計に活用する。よって、SusNは、FDの啓発と普及に努めてきた第3期実践プログラム3に貢献しつつ、その継承と発展を担う。また、SusNのうち経済評価班が主として担う食料生産・消費(特に農産物)に関わる生産者・消費者の選択・行動の解析や農業政策の効果の解析は、第4期実践プログラム2「地球環境問題を克服するための土地利用戦略の転換」との親和性が高く、議論を密にして同プログラムにも貢献する。プログラムへの貢献についてPRにおいて特筆すべき成果は、戦略プログラムFDプロジェクトと協力してFDの国内外の実践に努めたことである。アンモニア燃料をテーマとした国内専門家のFDセッションを開催し、解析結果をオピニオンペーパーにまとめる予定である。また、FDに初めて出会った自然科学者の想いを紙芝居式の動画(日本語版・英語版)にまとめ、今後のFD普及に有用なマテリアルとした。
今後の課題
5.来年度の研究計画
SusN各班の計画と3つのブレイクスルー達成に向けたFR1の到達点の計画を以下に述べる。
自然循環班:1)共通サイトの東京湾を対象として、窒素負荷の変化に対する窒素除去能や生態系の応答の調査を行う。特に観測・情報が不足している項目を重視する。東京湾との比較サイトとして琵琶湖、霞ケ浦、厚岸湾を取り上げ、メンバーの拡充も視野に入れて調査を行う。2)山の健康診断としてPRに実施したサンプル分析を継続してデータをまとめる。2003年と2022年の比較のみならず窒素沈着の変遷と併せた解析を行い、20年間の森林生態系への窒素負荷の影響を評価する。3)他の班の解析および窒素の因果解析に必要となるパラメータとその測定技術開発を行う。例えば、経済評価班のInVESTモデルで重要な窒素除去パラメータについて、共通サイトの調査と連動して主な地目別に測定する。4)自然科学に依拠した環境教育に有益な情報の収集・編集を行い、将来設計班と連携して窒素の認識浸透の活動を推進する。
人間社会班:1)食料システムの窒素フロー解析について、栄養塩類フロー解析用産業連関モデル(NutrIO)の部門細分化および地域産業連関表との接続を進め、家計調査に関する詳細な社会経済属性を踏まえ、消費に伴う地方スケールの窒素負荷の解析を行う。2)産業・エネルギー分野の窒素フロー解析について、鉄鋼産業および半導体産業の解析を行う。鉄鋼産業においては現在水素を活用した製銑法が検討されているが、本研究ではそれを発展させたアンモニア製銑、アンモニアを活用した直接製鋼法、そして製鋼用電炉の電力源の一部をアンモニア発電に置換した場合の影響を分析する。半導体産業は、低炭素技術の導入に伴いその生産活動が活発になっているが、一方で高純度の産業ガスの需要家として重要な位置を占め、かつ循環利用が最も進んでいない産業の一つである。詳細なインベントリ分析を行い、直接・間接に半導体を需要する産業活動が引き起こす高純度産業ガスの需要に伴う窒素フローを明らかにする。3)将来シナリオ構築について、産業分野を中心に将来構想などの情報を収集整理する。4)共通分析ツールの整備について、共通サイトを中心にデータ・情報をまとめて利用可能な体制を整える。
経済評価班:1)環境対策面でも注目されているプラントベースフードへの消費者の選択促進にどのような行動インサイト(行動科学の知見)が有効であるか、ランダム化比較試験(RCT)を用いたプレ実験を行う。2)消費者を対象にウェブアンケート調査を実施し、窒素対策と食品選択行動の関係を分析する。FR1ではPRで行う牛乳を対象とした選択型実験結果を分析する。ナッジの効果を分析するため、対照群(追加情報なし)・介入群1(環境情報を提示)・介入群2(健康情報を提示)・介入群3(環境情報+健康情報を提示)の比較を行う。3)水質改善に対する住民の支払意思額を分析するための窒素削減シナリオについて検討する。シナリオ作成にはInVESTモデルを用いる。モデルパラメータは自然循環班と緊密な連携を行い決定する。対象は共通サイトの琵琶湖を念頭に置き、社会的・環境的により分析に適したサイトを引き続き検討する。そして、4)これまでの研究成果を展望するとともに、PR・FR1の研究成果を社会に還元するため、一般市民を対象とした書籍「持続的農業の経済学」を刊行する。
将来設計班:1)ブレイクスルー①窒素の因果解析について、ケーススタディとしての窒素リサイクルのCBAを試み、ライフサイクル影響評価手法の窒素問題への適応に取り組み、INMSにおける既往CBAに学びつつSusNとして窒素のDPSIRを考慮した因果解析手法を設計する。2)ブレイクスルー②窒素の認識浸透について、プレ実験を交えて窒素・環境問題の知識と環境配慮行動を問う設問群を完成させ、可能なところから高校生や大学生への講義などで適用する。一家に1枚ポスターに「窒素」として再提案する。地球研CRの窒素レビューの構成を固める。JNAについて、SusNをコアとしつつ他のプログラム・プロジェクトに携わってきた専門家も交えたオール・ジャパンの制作体制を検討する。ブレイクスルー③窒素利用の将来設計について、国内外のFD実践の機会を設ける(例:京都府市の行政・農業関係者、UNEPやINIなどの専門家)。また、講義・講演・多様なステークホルダーとの対話機会をSusN全メンバーとの協力で多数実施し、②の達成と③の今後の機会づくりに努める。国内外の他のプログラム・プロジェクトとの連携をより固める。
6.来年度以降への課題
① これまでの研究の遂行からプロジェクトとして得られた、あるいは直面した課題と、その解決策
SusNが目指す3つのブレイクスルーのうち、①窒素の因果解析を実現するには、多様な学際知見を束ねるために積極的な異分野連携が必要である。ISの開始からPR前半にかけて、班の間はもとより班の中の連携の情勢が中々進まなかったことを認識している。その多くは新型コロナウイルス感染症による対話形式の議論の困難さにあった。PR後半より自由な意見交換の機会を増やしており、これから挽回していく(例:自然循環班では毎月最初の金曜のランチタイムに自由なオンライン意見交換を実施、季節に2回の目安で班長オンライン会議を実施)。また、将来設計班はいくつかの具体的なミッション(窒素問題を分かりやすく伝える資料を兼ねたプロジェクトリーフレットや窒素問題・環境問題の知識と配慮行動を尋ねる設問群の制作など)を始めており、ミッションごとに全ての班から賛同者を募る形を取っている。このアプローチもまた班間の連携と個々人の交流強化に有効であると手ごたえを感じている。特に後者は新たなスピンオフとなる研究アイデアの源泉にもなると期待する。
② プロジェクト研究に対する研究所の支援体制について特に課題となるもの
共通サイト(特に琵琶湖)の解析および地球研CRの窒素面のレビューにあたり、地球研が蓄積してきた情報・データの利用に協力をいただきたい。PRが就任したINI東アジア地域センター代表の業務はボランタリーであって大きな支援は必要ないものの、東・東南アジアを中心とした国際ネットワーキング形成、INIからFuture Earthへの貢献を企図した窒素コミュニケーションに関するプロジェクト申請など、地球研の国際ミッションの達成にも有益な取り組みが多いことから、PLから地球研への情報共有に努めるとともに、地球研から必要な支援をいただけるとありがたい。また、INIが3年ごとに開催する国際窒素会議を京都に招致したい。次回会議が2023年11月もしくは2024年1月(ニューデリー)であることから、FR4に当たる2026年秋を想定する。日本初となる国際窒素会議をINIと共同主催できれば、地球研にも重要な機会となる。SusNの最終成果物とするJapanese Nitrogen Assessmentの制作には、他の関連プログラム・プロジェクトと連携したオール・ジャパンの体制で臨みたい。FR1より関係者と具体的な相談を始めたい。成果物は地球研英文叢書(500~700ページ)および日本語SPM(30ページ程度)として発刊することを構想している。大学連携コアリションやFuture Earthなど地球研がネットワーキングの核を担う活動との連携に協力をいただきたい。
研究目的と内容
1.研究プロジェクトの全体像
1)目的と背景
本研究は、肥料、工業原料、近年着目される燃料としての窒素利用およびエネルギー源としての化石燃料利用という便益が、全球~局地スケールの窒素汚染という脅威をもたらすトレードオフである「窒素問題」を対象とする(図1)。本研究の目的は、日本を主な研究対象とし、国内外の活動と連携し、普遍的で世界に適用可能な窒素問題の評価手法や将来シナリオおよびこれらの基礎となる知見を創出し、国連環境計画(UNEP)が始めた国際窒素管理を支援して世界の取り組みを大きく前進させ、2050年における窒素問題の解決と、food equityおよび人と自然の健康の実現を目指すことである。FR5までの限られた研究期間においては、次の3つのブレイクスルー、①学術的知見に基づき窒素利用の便益と窒素汚染の脅威を評価して可視化する仕組みの構築(窒素の因果解析)、②多様なステークホルダーの窒素問題への認識の浸透(窒素の認識浸透)、および③将来世代の持続可能な窒素利用に向けた将来設計(窒素利用の将来設計)に挑戦する。
図1 窒素問題は窒素利用の便益と窒素汚染の脅威のトレードオフ
窒素汚染は、地球温暖化、成層圏オゾン破壊、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化などの多様な環境影響の原因となり、人と自然の健康に害を及ぼす。窒素汚染の被害コストは、2000年代の世界全体で年間約3千4百億米ドル~3兆4千億米ドルと推定された(UNEP, 2019a)。人間活動に伴う反応性窒素(安定な分子窒素[N2]を除く窒素化合物の総称、Nr)の生成量は、いまや自然界の生成量を大きく上回っている(Fowler et al., 2013)。しかし、人類の窒素利用効率(投入窒素のうち最終産物に達する割合、NUE)はシステム全体で約20%と低く(Sutton et al., 2013)、必然的に大量の廃棄窒素(人間活動の結果、環境に排出される窒素の総量)が発生し、このうち無害なN2に変換されずに環境に排出されたNrが窒素汚染を引き起こす。プラネタリー・バウンダリーに基づく地球環境問題の評価では、3回の評価の全てにおいて、人為的な窒素循環の改変は地球システムの限界を超えたとされる(Rockström et al., 2009; Steffen et al., 2015; Richardson et al., 2023)。窒素の最大用途である食料生産の窒素肥料について、世界平均の作物生産のNUEは約50%であり、家畜生産では約10%である(Lassaletta et al., 2014; Bouwman et al., 2013)。つまり、畜産物嗜好は食料システム全体のNUEを低下させ、食品ロスは食べずに失われた食料に加えてその生産に投入した窒素や他の資源の全てを無駄にする。化学肥料の利用を巡る経済格差により、世界の農地には窒素過多の地域と窒素欠乏の地域の双方が存在する(Schulte-Uebbing et al., 2022)。生産と消費の場はしばしば国境をまたぎ、消費国は意識せずとも生産国の窒素汚染を助長しうる(Oita et al., 2016)。人為起源の廃棄窒素は増加し続けており、2005年には1961年の約4倍、2050年には約6倍になると推計されている(Sutton et al., 2021)。限られた農地面積で増加中の世界人口を支えるために農地への窒素投入は増え、農地由来の窒素汚染が増大する可能性が高い(Mogollón et al., 2018)。また、アンモニア(NH3)を燃料や水素キャリアとしてエネルギー源にするという窒素の新しい用途が生まれつつある(Nishina, 2022)。それぞれの窒素用途について、今後の推移を注視することに加え、窒素の便益の維持と窒素汚染の脅威の緩和を両立する持続可能な窒素利用への転換が求められる。
日本の状況を概説する。2000~2015年の廃棄窒素は600万トン弱で推移し、国民1人当たりの量は世界平均の約2倍であった。廃棄窒素の約80%が正味の輸入に由来し、国内の再生利用の場が限られることに加え、輸出国に生産時の窒素汚染を負わせている。日本の消費者は窒素源となるタンパク質の約20%を水産物から摂取しており、農・畜産物と同じく水産物の窒素フローの評価が求められる。自然起源の窒素を漁獲する水産物のNUEは数百%にもなるものの、水産資源の持続可能性の担保が欠かせない。2000年代の環境へのNr排出は漸減し、特に輸送部門の窒素酸化物(NOX)の減少が顕著であった(Hayashi et al., 2021)。一方、日本国政府は、脱炭素化に向けて、炭素を含まず燃やしても二酸化炭素が発生しないNH3燃料に注目している。NH3の国内需要は、2015年には窒素換算で100万トン弱であったが、経産省は、2030年に燃料向けで400万トン窒素、2050年に同2500万トン窒素(2015年の世界生産の18%に相当)のNH3導入計画を公表した(経産省, 2021)。供給は主に輸入に頼り、NH3価格の変動影響を含む肥料・産業・エネルギー用途間の競合という経済面の懸念と、NH3の漏洩や燃焼したNH3から発生するNOXによる窒素汚染の助長という環境面の懸念がある。このように、日本の窒素利用の将来には大きな振れ幅が予想され、日本国内の変化は国際貿易を介して世界にも影響することから、日本における持続可能な窒素利用の実現に向けた政策・技術・行動変容は、窒素問題の解決に向けた国際的な取り組みにも大きく貢献する。
2003年に正式発足した国際窒素イニシアティブ(INI)は、窒素問題に関する国際専門家グループである。INIは、窒素利用の便益と窒素汚染の解消の両立を目指し、国際プロジェクトの立案、国際機関の支援、原則3年ごとの国際窒素会議の主催などの活動を行ってきた(INI, 2023)。SusN PLの林は2022年11月にINI東アジア地域センター代表に就任し(日本初、任期3年✕2期まで可)、東アジアに加えて東南アジアの専門家のネットワーキング、INIの活動とSusNとの連携、および国際窒素会議の京都への招致に取り組んでいる。UNEPとINIは、科学的知見を国際政策に活かす国際窒素管理システム(INMS)プロジェクトを実施した(2017年10月~2023年6月、INMS, 2023a)。PLとSusNメンバーの一部はINMSに貢献してきた。INMSは、国連持続可能な開発目標(SDGs)と連動して世界の廃棄窒素を半減する目標を掲げ、科学的知見を集積した国際窒素評価書(INA)を2024年7月に発刊予定である。INAについて、PLは編著者、SusNメンバーの一部は著者として貢献している。SusNはINMSのスピンオフとも言え、INMSウェブサイトで紹介されている(INMS, 2023b)。UNEPが2年ごとに開催する国連環境総会(UNEA)の第4回・第5回において「持続可能な窒素管理決議」が採択された(UNEP, 2019b; 2022)。第6回UNEAは2024年2月26日~3月1日に予定されており、UNEPが設けた窒素作業部会(NWG)において改めての決議を議論している。NWGには2022年末より日本も参加し、窓口を担う環境省に加えて農水省がコミットを始め、PLおよびSusNメンバーの仁科は専門的見地から両省をつなぎ支援している。
窒素問題に関する研究は個別のトピック、例えば、環境中の窒素諸過程の解明と数値モデル化、環境モニタリング、個々の汚染の環境影響評価、窒素フットプリント指標開発、農業環境政策の立案、窒素の産業用途の技術開発などで進展してきた。一方、窒素問題の解決には多くの学際的課題が残されている。課題の例として、Nr負荷に対する自然生態系の応答と影響、人間社会の精緻な窒素フローと環境へのNr排出およびこれらの将来シナリオ、政策・技術・行動変容が窒素面でもたらす物質・経済的な効果、そして、窒素利用と窒素汚染の因果関係を可視化して持続可能な窒素利用に向けた意思決定を支援する仕組みが挙げられる。さらに、多様なステークホルダーと持続可能な窒素利用の在り様を共創する超学際的な取り組みが不可欠である。なぜなら、窒素は食・モノ・エネルギーを通じて全ての人間活動と深く結びついているからである。将来世代の視点から問題解決に導くアイデアを編み出す手法として着目されているフューチャー・デザイン(FD)は、持続可能な窒素利用の実現をもたらすアイデアを編み出すためにも有用と期待している。SusNでは、第3期プログラム3の頃より西條フェローおよび地球研戦略プログラムFDプロジェクト(PL:中川)と連携してFDの窒素問題への応用に取り組んでいる。
2)地球環境問題の解決にどう資する研究なのか
SusNでは、各専門分野の研究の深化と併せて3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計を目指す。最終成果として、①については政策・技術・行動変容により窒素利用と窒素汚染がどのように変化するかを定量評価して可視化するツール、②については最新の学際知(例:日本窒素評価書[JaNA]、各種専門書籍)、超学際知(例:窒素問題のリーフレット、各種動画・読み物などのナラティブ)、および各ステークホルダーへのアプローチ、③については国内外の多様なステークホルダー(例:政策決定者、専門家、消費者、生産者など)とのFDの実践、UNEPやINIなどの国際窒素管理との連携実績が得られる。窒素問題とは、大きな便益を求める我々の窒素利用が、同時に多様な窒素汚染という脅威をもたらすトレードオフであるが、この関係性の複雑さが窒素問題の認識を妨げており、便益の維持と脅威の緩和を両立する困難さが窒素問題の解決を妨げている。SusNの最終成果は、窒素利用と窒素汚染の因果関係に基づき、各種対策・行動変容の効果の定量的情報を提供し、窒素問題に関する学際・超学際知を通じて多様なステークホルダーが窒素問題を自分事に落とし込むことを促進し、その上で、将来世代が窒素を持続可能に利用するためのアイデアを生み出す機会と実践の蓄積をもたらす。この結果、国内外における窒素問題への認識が増し、持続可能な窒素利用に向けた既往・新規の取り組みが強化され、窒素問題の解決へのブレイクスルーが生じると期待している。
3)研究手法・構成・ロードマップ
人間活動と環境の全てを包含する「窒素問題」には未解明の事柄が多く残されている。そこで、SusNの研究手法の第一の柱は、自然、人間活動の物質面、そして人間活動の経済面を網羅して最新情報・データを集積し、また、自らが最先端に立って学際研究(例:野外調査、室内実験、数値解析、アンケート調査、データ整備、シナリオ構築など)を推進することである。窒素問題の解決に向けた具体的な動きを起こすには、政策決定者の意思決定の支援、各ステークホルダーの窒素問題への認識の浸透、および将来世代の持続可能な窒素利用を実現する自由なアイデアを生み出す仕組みが求められる。よって、第二の柱は、既往・最先端の学際知を統合しつつ、他のステークホルダーとともにブレイクスルーの実現に向けた共創と実践を行う超学際研究である。そして、第三の柱は、多岐に渡る窒素問題に対してSusN単独で成し遂げられることには限界があるため、国内外の窒素関連プログラム・プロジェクトと密接な連携を図り、正のシナジーを生み出すことである。こういった連携は、多くのスピンオフを生み、SusN終了後も持続可能な窒素利用に資するプロジェクト群が継承される確度を高める。
SusNプロジェクトの構成は、人・社会・自然をつなぐ窒素問題を網羅する3つの学際研究班として、「自然循環班」(環境中の窒素動態の未知の解明や他班の解析における窒素の自然科学面の情報・データを協働して提供など)、「人間社会班」(食・モノ・エネルギーの生産・消費に伴う窒素フローと環境に対する各Nr種の排出量の算定や窒素利用の将来シナリオの構築など)、および「経済評価班」(食料の生産・消費などの人間活動における社会的費用の計測や窒素に関する行動変容・ナッジ効果の解明など)、そして、他の3つの班と連携して3つのブレイクスルーを成し遂げる超学際班として、「将来設計班」から成る。窒素利用・窒素汚染の状況が空間的にばらつくことを考慮し、SusNとしての共通解析サイトを設けるとともに、局地~地方~国~地域~世界と各スケールをつなぎ、ボトムアップとトップダウンの双方向から研究に取り組む(図2)。
図2 研究アプローチ。学際研究班(自然循環班、人間社会班、経済評価班)が各専門分野の研究深化を図り、超学際班(将来設計班)が他の3つの班と密接に連携して3つのブレイクスルー①窒素の因果解析(N-DPSIR)、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計の達成に取り組む。空間的には地方~国~世界を網羅する。
研究の共通研究サイトは琵琶湖、霞ケ浦、東京湾、松島湾などとし、各班において独自に取り組むサイトも設定する(例:将来設計班の京丹後地域や宮古島など)。4つの班が密接に連携し、各サイトにおける自然・社会の窒素循環の実態および窒素問題の要因-圧力-状態-影響-応答(DPSIR)連関(環境指標の基本フレーム;EEA, 1999; EEA, 2005;図3)の解明、各地域のステークホルダー(生産者や消費者など)の窒素問題に関する行動および問題解決に資する変容の素地の相違・相同点の解明、および窒素問題に対する認識浸透や将来設計に向けた超学際研究を行う。例えば、自然循環班は森林~沿岸をつなぐ窒素循環の未知の解明や20年前と現在の全国山地渓流水質の比較解析、人間社会班は都道府県単位の窒素収支解明や産業連関分析および窒素利用の将来シナリオ構築、経済評価班は窒素の社会的費用の計測や消費者や生産者の窒素問題に対する行動選択の解析、将来設計班はブレイクスルー①②③を国スケールで達成するため、サイトを限定しない活動に取り組み、③では国際展開にも取り組む。
図3 要因-圧力-状態-影響-反応(DPSIR)連関を窒素問題に適用する。
4)期待される成果
確実な達成が期待されることは、学際知見の大幅な充実(例:全国山地渓流水質とNr排出の時空間的関係、人間社会の窒素フローと環境へのNr排出量、窒素の社会的費用や窒素汚染対策効果の効果など)、自然・社会科学の協働研究成果(例:自然科学の知見で裏打ちした社会実験成果、窒素フットプリントなどの指標の経済評価や行動変容への活用、窒素利用と窒素汚染の因果解析ツールなど)、学際・超学際知に基づく各種のナラティブ(例:窒素問題のリーフレット[PRにおいて制作済]、各種のアウトリーチ活動を通じた窒素問題への認識浸透、各種専門書籍、最終成果物となるJaNAなど)、および国内外のステークホルダーとのFD実践から得られる持続可能な窒素利用に資するアイデア群である。具体的な成果物として、窒素の因果解析の可視化ツールの公開(①)、他のプログラム・プロジェクトとも連携したオール・ジャパンとしてのJaNA(日・英版)の発刊(②)を計画している。関連成果として、FR2半ばにPLが編著者として参画しているINAが発刊される予定であり、FR4後半に国際窒素会議を京都に招致すべく準備を進めている。その先の夢は、持続可能な窒素利用、すなわち、窒素問題の解決と、豊かで公平な食および人と自然の健康の実現である(図4)。
図4 Sustai-N-ableプロジェクトの期待される成果。
5)研究組織
SusNは学際研究を担う3つの班(自然循環班、人間社会班、経済評価班)および超学際研究を担う1つの班(将来設計班)の計4つの班から構成される。自然循環班、人間社会班、経済評価班はそれぞれの専門領域の研究の深化に努めるとともに、共通解析サイトにおいて連携して調査・解析を行い、窒素問題に対する分野横断的な学際知の蓄積を行う。将来設計班は他の3つの班と連携し、他のステークホルダーと学際知から超学際知の共創を行う。将来設計班は複数のミッションを立ち上げ、ミッションごとに各班の関心者を含むチームを形成して達成を目指す。各班には班長を置き、各班の研究活動をリードする。班長の判断により、必要に応じて副班長を設ける。将来設計班は超学際知の共創という統合タスクを担うことから、PLが同班班長を兼任する。各班の構成(2023年11月20日現在)は図5に示すとおりである。
図5 Sustai-N-ableプロジェクトの班構成とメンバー(FR1、2023年11月20日現在)。
本年度の課題と成果
2.本年度までの進捗
1)研究プロジェクト全体のこれまでの進捗
l 手法開発や組織形成を含むこれまでの研究成果
窒素問題には、環境中の窒素動態、人間活動における窒素フローと環境とのつながり、窒素問題への取り組みの経済効果や社会・人の行動変容などの未知が多く残されており、SusNは学際研究の最先端を担う必要がある。そして、窒素問題の解決に向けた動きを作り出すには、政策などの意思決定の支援、いまだよく知られていない窒素問題への認識の浸透、将来世代の持続可能な窒素利用を実現する自由なアイデアを生み出す仕組みが求められる。それぞれをSusNが目指す3つのブレイクスルー:①窒素の因果解析、②窒素の認識浸透、③窒素利用の将来設計と位置付けた。自然循環、人間社会、経済評価の各班が学際研究に取り組みつつ、将来設計班の超学際研究につながり、ブレイクスルーに貢献する具体的課題(ミッション)を複数設定し、ミッションごとに各班(場合により外部)から参画者を得たチームを形成した(例:窒素の費用対便益分析[CBA]、首都圏・東京湾を対象とした窒素負荷・環境状態の解析、国内外の多様なステークホルダーとのFD)。これらは独自にあるいは他プロジェクトとの関わりを経て新たなアイデアを生むポテンシャルを有する。SusN共通の研究サイトとして、首都圏・東京湾、松島湾、琵琶湖、霞ケ浦を選定し、それぞれに予備観測・数値解析を実施している。現場連続測定が可能な硝酸塩センサーをレンタルして各地(琵琶湖、東京湾、霞ケ浦、松島湾)の予備調査を2023年11月~12月に実施する。貧栄養化が問題となっている瀬戸内海については神戸大学のブルーカーボンの取組にアプローチして今後の連携を探っている。国内外のプログラム・プロジェクトとの連携を重視し、国内では地球研FR(FD、LINKAGE、サプライチェーン)、JST COI-NEXT美食地政学(PL:松八重、SusN人間社会班班長)、環境研究総合推進費JpNwst(PL:仁科、SusN自然循環班メンバー)、NEDOムーンショット(PL:川本、産総研)、ライフサイクル影響評価手法LIME(伊坪、早大)など、国外では国際窒素管理システム(INMS、PL:M.A. Sutton、UK-CEH)、UNEP、INI、欧州長距離越境大気汚染条約反応性窒素タスクフォース(TFRN)と連携している。SusNでは、窒素問題を網羅するために多分野の人つながりを形成することを最重視する。生物地球化学、安定同位体化学、環境工学、産業エコロジー学、農学、農業経済学、環境経済学、人生史学、政策学などの各分野の第一線の研究者、そして、農業、食文化、環境教育などの学際・超学際面からユニークな活動を行っている研究者と専門家の参画を得て、先述の3つの学際研究班と1つの超学際研究班を形成した。FR審査時のERECの指摘を受けて、政策学や環境経済学分野に加えて超学際アプローチに関心を有する農業生産者の参画を得るなど、専門性と網羅性の拡充に努めている。また、将来の研究を担う若手のコミットを促すために、研究組織には複数名の大学院博士課程の学生が加わるように配慮し、SusN牽引の担い手に育つことを期待する地球研研究員を雇用している。
FS開始時には窒素の最大用途である食料生産・消費に絞り込む方針としたものの、窒素問題は食・モノ・エネルギーの人間活動の全てと密接に関わり、アンモニア燃料のような新たな用途が生まれつつあることから、FS後半以降は窒素問題を網羅した研究と組織の形成に改めた。FSでは日本の窒素収支を公表し(Hayashi et al., 2021、地球研共同プレスリリース)、日本土壌肥料学会大会シンポジウム、国際プロジェクトINMS・南アジア窒素ハブ(SANH)合同オンラインワークショップ、第1回窒素循環シンポジウム(FSで地球研共催が認められた最初の事例)を開催し、「図説 窒素と環境の科学」(林ほか, 2021)を発刊した。PRでは研究成果として窒素問題に関するレビュー・書籍・記事の公表機会を多数得た(Hayashi, 2022; 林ほか, 2022; Pedersen et al., 2022; Nishina, 2022; 林, 2023a; 2023b)。一酸化二窒素(N2O)の成層圏オゾン破壊による健康影響の被害係数を論文にまとめ、FR1はじめに公表となった(Hayashi & Itsubo, 2023)。全国山地渓流水の調査をシチズンサイエンスの手法で行う「山の健康診断」(京大フィールド研, 2022)を支援した。山の健康診断は、SusNが当初FR1で行う計画であった調査の先取りであり、地球研CP環境意識プロジェクトの2003年全国調査のフォローアップにも当たる。窒素問題に関する講演・対話の機会として、Global Gastronomy Day記念オンライントークイベントや第2回窒素循環シンポジウムを共催した。FDプロジェクトと連携し、FDに出会った自然科学者の想いを伝える動画(日・英版)を制作し(中川ほか, 2022; Nakagawa et al., 2022)、30年後のコメ消費の在り様を消費者に問う教材を制作して選択実験を行った。FS末からPR前半にかけて農水省、環境省、経産省、国交省に対して窒素問題の勉強会を開催し、環境省から幾度かの照会を受けた後、令和5年度環境研究総合推進費の行政ニーズに「窒素に関する大気・水・土壌の包括的な管理手法の開発」が掲げられ、提案課題がJpNwst(PL:仁科)として採択された。JpNwstにはPLの林もサブテーマリーダーとして参画し、日本国窒素インベントリの整備と窒素管理の推進を通じてブレイクスルー①③の実現に貢献する。PLの林はPRにおいてINIの東アジア地域センター代表に立候補し、日本から初めて選出された。FR1では、各班の取組が一層活発となり、班連携による予備観測や解析が進展した。具体的な研究成果は「3の1)」に記載する。研究員が中心となって企画した複数のイベントが催され、今後の展開に期待している。
l プロジェクトのめざす最終成果のどの部分が達成されたか
SusNが目指すブレイクスルー①窒素の因果解析について、FSでは環境指標の基本フレームとなるDPSIR連関(EEA, 1999; EEA, 2005)の窒素問題への応用を議論し、PRではINMSプロジェクトのCBA事例の情報収集を行った。新型コロナウイルス感染症によりINMSにも大幅な遅延が生じ、CBAの手法と世界の解析結果を含むINMS最終成果物のINAの発刊がFR2にずれ込むこととなった。FR1では将来的にCBAにつなげる習作および班・他プロジェクト連携を兼ねて下水道のライフサイクルアセスメント(LCA)に着手した。ブレイクスルー②窒素の認識浸透について、ISの頃より市民向けトークイベントの企画などに取り組み、産総研ムーンショットと協力した窒素循環シンポジウムをFS(第1回)、PR(第2回)、FR1(第3回、2023年11月27日)と共催し、毎回数百名の参加者を得た。窒素問題を伝えるマテリアルとして、FSにおいて「図説 窒素環境の科学」を刊行し(林ほか, 2021)、PRではイラストを交えてSusNと窒素問題の概要を伝えるリーフレットを制作した。IS~FR1を通じて窒素問題に関する講義・講演の機会を多数得て(FR1の例は3の1)に記載)、窒素問題への関心が徐々に高まっていることを感じている。ブレイクスルー③窒素の将来設計について、国内行政機関(農水省、環境省、経産省、国交省)と窒素問題の勉強会を開催し、FDの普及と実践に取り組んできた(例:アンモニア燃料FD、未来のコメ消費の教材と意識調査、FDを紹介する日・英動画、京都府市におけるFD)。SusNの最終成果物と位置付けるJaNAの制作に向けて企画委員会を立ち上げ、日・英版をそれぞれに作る方針などの検討を行った。3年ごとに開催される国際窒素会議の京都への招致(2026年11月候補)について各関係主体との調整を開始した。
l 計画などで想定した以外の成果で特記すべきもの
FSにおける日本窒素収支評価のプレスリリースは、行政機関やメディアの問い合わせにつながり、PRからFR1にかけての環境省や農水省などへの勉強会および意見照会を経て、SusNが日本国の窒素管理やその国家行動計画の策定を支援する体制が整いつつある。PLのINI東アジア地域センター代表の選出は審査に基づくものであり、SusNへの期待とそれを果たそうとするPLの努力が認められた結果と捉えている。INMSの成果を受けてUNEPが開始した国際窒素管理に関して、UNEP窒素作業部会の窓口を担う環境省の活動を、農水省ともチャンネルをつなぎながら支援する体制をSusNとJpNwstで構築することができた。FR1における特記事項の詳細は「3の2)」で述べる。また、PLは窒素作業部会の運営を担うUNEP「栄養塩管理のグローバルパートナーシップ」(GPNM)の次期委員への打診を受けており、応募を準備している(2023年11月時点)。
l 直面した課題やその解決策など
2023年5月に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したことを受けて、国内外の出張や対面研究集会への制限がほぼ解消され、研究・調査の速度感が戻ってきた。ただし、新型コロナウイルス感染症に伴う活動遅延の影響は残っており、連携するINMSプロジェクトの国際窒素評価書(INA)の発刊が1年遅れ、2024年度(FR2)7月の予定となった。INAに掲載予定の窒素問題の国際的な費用対便益分析(CBA)は、SusNのブレイクスルー①の参考としたい情報であり、INAの発刊を待ちつつ、LCA研究者と連携した特定テーマ(下水処理のCBA)の予備研究に取り組んでいる。
2)研究目的、手法、組織体制の変更・見直し
研究目的と基本手法ともに変更・見直しはない。ただし、研究計画と研究組織の充実は随時行っており、新たな共同研究者を得ている。班連携を重視し、季節に2回ほどの頻度で班長会議を催している。PRでもってサブリーダー(SL)かつ将来設計班共同班長が退任した。ただし、班長の誰かをSLとして新たに班長を任命すること、あるいは、班長の誰かがSLを兼任とすることは、各班の研究を滞らせる懸念があり、拙速に後任を求めていない。一方、プロジェクトを牽引する諸事の分担およびリスクヘッジとしてSLは重要なポストであり、引き続き後任を探している。また、各班長は必要に応じて班内に副班長を任命して研究促進を図ることとしており、自然循環班と人間社会班では副班長を設けている。
3.本年度の成果と課題および自己診断
1)本年度の成果
l 研究成果(手法の開発や組織の形成などを含む)
ブレイクスルー①窒素の因果解析に資する学術成果として、硝酸性窒素汚染の観点から窒素問題の現状をとりまとめた総説(林, 2023c)、一酸化二窒素(N2O)の成層圏オゾン破壊による皮膚がんと白内障の被害係数の論文(Hayashi & Itsubo, 2023)、露宇戦争が国際貿易を介した食料サプライチェーンに及ぼす影響を解析した論文(Zhang et al., 2023)、食料生産・水利用・気候変動間のトレードオフを社会科学面から解析した論文(Kyoi et al., 2023)を公表した。有志の登山者の協力を得て全国の山地渓流水を採水するシチズンサイエンスの意義を記事にまとめ(牧野ほか, 2023)、この手法を用いた「山の健康診断」の方法論と硝酸性窒素濃度の全国分布を示す論文を投稿した(審査中)。農業・環境経済の既往の知見および窒素問題に関する今後の研究課題をまとめた書籍「持続的農業の経済学(仮)」(栗山編, 2024)をFR1末に刊行予定である。2024年2月にニューデリーで開催予定の第9回国際窒素会議(INI2024)にはSusNから計7件の発表を予定し、国際コミュニティへのアピールに努める。各班の取り組みは計画どおり進捗し、班連携については、SusNの共通サイトとして首都圏・東京湾、松島湾、琵琶湖、霞ケ浦を定め、予備観測と既往データの解析に取り組み、経済学分野で用いられる生態系サービス評価モデルInVESTの首都圏・東京湾や琵琶湖への適用について自然循環班と経済評価班が連携した解析を行った。また、窒素の因果解析ツールに結び付けるCBAにつながる習作として、LCAの専門家と下水道のLCIAに取り組み、窒素フットプリントの概念を構築したヴァージニア大のチームと協力して同チームが運用・公開しているN-Printウェブサイト(N-Print, 2023)に日本語表記および日本人の窒素フットプリントの計算を可能とするコンテンツを追加する作業を行っている。後者はFR1末までの公開を目指している。
ブレイクスルー②窒素の認識浸透に関する成果として、PR末に制作したプロジェクト・窒素問題紹介リーフレット(日・英版)を積極的に配付した。地球研ニュース第89号に窒素問題を読み物として伝える記事(林・阿部, 2023)を掲載した。SusNを介して地球研が共催したイベントは、第3回国際水環境シンポジウム(主催:豊田高専)、Tsukuba Conference 2023 Special Session 02(農研機構との共同提案)、もったいない料理教室(主催:京都超SDGsコンソーシアム)、第3回窒素循環シンポジウム(主催:産総研)であった。特に、第3回窒素循環シンポジウムは(2023年11月17日時点で約700名の参加登録)、環境省、農水省、経産省、国交省から演者とパネリストを得て、林はパネルディスカッションのファシリテーターも担い、様々な立場における窒素利用とその課題について意見を交わす重要な機会となった。林は講演会・シンポジウムなどの話題提供の機会を多数得て、窒素問題への関心が高まっていることを実感している。主な招待講演として、第10回酸性雨国際会議キーノート(Hayashi, 2023a)、石油学会第65回年会特別講演(林, 2023d)、4th Global Soil Security Conference招待講演(Hayashi, 2023b)、文部科学省広報室・人間文化研究機構メディア懇談会(林, 2023e)、2023年度日本農学会シンポジウム(林, 2023f)、大学共同利用機関シンポジウム2023(林, 2023g)、水・大気環境連携セミナー(日本水環境学会と大気環境学会の初めての合同セミナー、林, 2023h)が挙げられる。高校や大学における講義の機会も多数得た。小学5・6年生向けの冊子PIKARI!!の2024年4月号に窒素の特集を掲載する予定である(林監修, 2024)。本件は地球研メディア懇談会における出版社との交流がきっかけであり、メディア懇談会は有意義な企画である。PRに引き続き、FR1も文部科学省の一家に1枚ポスター企画に広報室と協力して応募した。今回も面接選考まで進み、追加の書面問答も行ったものの落選した。FR2に改めて挑戦する。
ブレイクスルー③窒素利用の将来設計に関する成果として、京都気候変動適応センターが取り組む京都府市のFDセッション(生産者、行政関係者、専門家)を支援し、戦略プログラムFDプロジェクトとの連携によるアンモニア利用のFD討議結果の論文化(執筆中)、未来のコメ消費に関する教材作りとそのアンケート結果の整理と論文化(執筆中)を行った。PR初期の環境省への勉強会とその後のコミュニケーションが功を奏してPR末に採択となった環境研究総合推進費(JpNwst、PL:仁科)は、日本版窒素インベントリの構築や廃棄窒素の削減ポテンシャルの評価などに取り組み、SusNと相補的な関係にある。国際窒素管理を担うUNEP窒素作業部会に日本国が環境省を窓口として2022年に参加した後、窒素の最大用途である肥料と食料生産を担う農水省との連携をはたらきかけ、林が仲立ちとなって仁科も参加した環境省・農水省合同打合せを行い(2023年9月6日)、以降は両省交えた意見交換が盛んとなり、両省を専門家としてサポートする体制が構築された。2023年9月28日~29日に行われた第4回UNEP窒素作業部会には仁科が現地、林がオンラインで参加した。2024年1月上旬に開催予定の第5回UNEP窒素作業部会には林が対面で臨む予定である。また、環境省の要請を受け、林、仁科、松八重が、令和5年度持続可能な窒素管理に関する国内行動計画検討会委員に就任した。第1回検討会を2023年12月27日に開催予定である。
2)目標以上の成果を挙げたと評価出来る点
FS・PRから実施してきた農水省や環境省への勉強会や意見照会への対応が功を奏し、PR末に環境研究総合推進費のJpNwstプロジェクト(2023~2025年度)の採択に漕ぎ着けた。JpNwstは日本国窒素インベントリの構築と廃棄窒素削減ポテンシャルの評価などを行う。SusNとJpNwstは日本における窒素管理研究を相補的に推進する。併せて、窒素の最大のユーザーが肥料であることから、農水省と環境省をつなぐ役目を林が担い、各省がそれぞれの省内で垣根を越えた情報共有を行うとともに、両省間で自由な意見交換を行える雰囲気を醸成しつつある。加えて、UNEP窒素作業部会に日本国は環境省を窓口として2022年から参画しており、FR1において、林と仁科は環境省からの依頼を受けて窒素作業部会の活動を支援することとなった。第4回窒素作業部会には仁科が現地(ナイロビ)、林がオンラインで参加し、2024年1月上旬に予定されている第5回窒素作業部会には林が現地参加するよう要請を受けている。このように、SusNが目指すブレイクスルー③窒素利用の将来設計の実現に必要なステークホルダーエンゲージメントのうち、国の省庁とのつながりをFR1において実現することができ、目標以上の成果を挙げたと自己評価する。
国際面においては、2022年に行われた国際窒素イニシアティブ(INI)運営委員の選考に林が応募し、INI東アジア地域センター代表に選出された。2022年11月より3年任期(2期まで可能、SusNが完了する2027年度までを包含する)で活動を行っている。INIは専門家の立場からINMSプロジェクトの立案やUNEPの国際窒素管理の支援などを担ってきた。PLがINI運営にコミットすることは、SusNの国際活動、特に国際的なステークホルダーとのFDなどのTD研究の展開に大きな力を与える。原則3年ごとにINIが主催してきた国際窒素会議(第9回は2024年2月6~8日にニューデリーで開催予定)を京都に招致すべく準備を進めている。加えて、PLはUNEP窒素作業部会の運営を担う栄養塩管理のグローバルパートナーシップ(GPNM)の2024年からの次期運営委員への応募の打診を受けて準備を進めている。これが実現すれば、UNEPが主導する国際窒素管理にSusNおよび地球研が直接に貢献することが可能となり、プロジェクトの重要な出口となる。INI運営委員への選出は審査に基づくものであり、SusNへの期待とそれを果たそうとするPLの努力が認められた結果と解釈する。国際面においても目標以上の成果を挙げたと自己評価する。
3)目標に達しなかったと評価すべき点
ブレイクスルー①窒素の因果解析について、窒素問題のCBAを行うためのフレームづくりに遅れが生じている。最大の理由は、参考としたい世界の窒素問題のCBAが掲載される予定である国際窒素管理システム(INMS)プロジェクトの最終成果物である国際窒素評価書(INA)の編集作業が大幅に遅れ、発刊が2024年夏にずれ込むためである。PLの林はINAの編者の一人であり、CBAを扱う章がSusNにも確実に有益な参考情報となる事は確認している。このため、FR1では下水道を対象としたLCAそしてCBAの解析を習作として始めた。また、FR1では食料生産・水利用・気候変動のトレードオフを対象とした経済学的インプット・アウトプット解析が実現した。FR2ではこれらの取り組みをつなぎながら、INAの情報も参考として、日本・東アジアにおける窒素利用のCBAのフレークワークの構築を目指す。
4)実践プログラムへの貢献について特筆すべき成果・課題
SusNが目指すブレイクスルー①窒素の因果解析は、窒素利用の便益と窒素汚染の脅威を評価して持続可能な窒素利用の意思決定に資する情報を提供することを狙っており、所属する第4期実践プログラム3「地球人間システムの連環に基づく未来社会の共創」の多様な人間活動と自然との関係性や連環を解明して二律背反の減少と相乗効果の増大を目指す1つ目のミッションと合致し、同プログラムの推進に貢献する。SusNが目指すブレイクスルー②窒素の認識浸透および③窒素利用の将来設計は、多様なステークホルダーと窒素問題に関する学術的知識を共有しつつ、各種ナラティブなどの超学際知の創出に取り組み、国内外にてFDなどを用いて持続可能な窒素利用の在り様を設計していくことを狙っており、第4期実践プログラム3の2つ目のミッションであるコミュニケーション方法の開発と、3つ目のミッションである持続可能な未来に向けた人と自然の関係性の変容に合致し、同プログラムの推進に貢献する。また、③持続可能な窒素利用の将来設計では戦略プログラムFDプロジェクトと協力し、FDを持続可能な窒素利用の設計に活用する。よって、SusNは、FDに取り組んだ第3期実践プログラム3に貢献しつつ、その継承と発展を担う役割を果たす。加えて、SusN経済評価班が携わる食料生産・消費(特に農産物)に関わる生産者・消費者の選択・行動の解析や農業政策の効果の解析は、第4期実践プログラム2「地球環境問題を克服するための土地利用戦略の転換」にも貢献する。課題は、SusNの取り組みが第4期実践プログラム3および同プログラム2と有機的につながり互いの発展を促すように、PDおよび関連研究者間の交流を促進することである。
今後の課題
4.来年度の研究計画
FR2における各班の計画と3つのブレイクスルー達成に向けた計画を以下に述べる。
自然循環班:1)堆積物やスラリーなどの脱窒能測定システムを立ち上げ、下水処理水窒素同位体比を解析する。2)山の健康診断のフォローアップ現地調査を実施し、2003年の地球研環境意識プロジェクトの成果と併せてメタ解析を行う。3)共通サイトにおける観測や実験を進め、他の班と連携した解析を行う。特に経済評価班のInVESTモデルで用いる窒素除去能の精緻化を行う。
人間社会班:1)食料システムの栄養塩効率の情報精緻化を行う。2)産業・エネルギー分野の窒素フロー解析を行う。3)廃棄物・下水処理分野の情報・データの整備を行う。4)海外の事例解析を含み、産業連関分析に基づく窒素フロー解析を行う。5)SIP課題「スマートな食選択のためのナッジ支援システム開発:持続可能な食行動デザインに向けて」(2023年11月~2027年度PL:山末、立命館大)および美食地政学プロジェクトのコンソーシアムにSusNが参画して連携を深める(後者は審査中)。
経済評価班:1)環境対策でも注目されるプラントベースフードについて家計簿アプリ購買データを分析する。2)消費者を対象にウェブアンケート調査を実施し、窒素に関する認識/支払意思額を高める有効な施策を検討する。3)消費者調査の結果を活用し、農業生産者を対象とした調査を行う。4)FR1末に刊行予定の書籍「持続可能な経済学」の英語版を制作する。
将来設計班:1)ブレイクスルー①窒素の因果解析について、下水分野のLCAとCBAを進め、INAの窒素問題CBAに学びながら窒素のDPSIRを考慮した解析手法を設計する。地域スケールの窒素フロー解析・消費者に対する環境指標の有効性評価を行う。2)ブレイクスルー②窒素の認識浸透について、JaNAの編者、目次、各章の主著者を決定し、執筆にとりかかる。INAの発刊に併せて日本語サマリを付して国内にプレスリリースする。文科省・一家に1枚ポスターに再々挑戦する。講義・講演・対話の機会を積極的に設ける(例:日本土壌肥料学会福岡大会にシンポジウムを提案予定、第22回国際窒素ワークショップ[オーフス]に窒素コミュニケーションのセッションを提案中)。3)ブレイクスルー③窒素利用の将来設計について、これまでのFD討議の成果を論文として公表する。京都府市、環境省、農水省、INI、UNEPの取組を支援する。国際窒素会議の京都招致を進める。班連携による解析(例:東松島や東京湾などにおける解析、窒素フットプリント解析[日本版N-Calculatorの精緻化]など)を実施する。
5.来年度以降への課題
これまでの研究の遂行からプロジェクトとして得られた、あるいは直面した課題と、その解決策について、FR1において各班内の班の間の連携が様々に具体化して進展したものの、メンバーの多くが自由に意見をたたかわせてプロジェクトに取り組む雰囲気・体制の醸成にはいまだ努力が必要と認識している。引き続き、PL・班長間の情報共有と意見交換を密にするとともに、将来設計班ほかが立てる具体的なミッション(例:下水道のLCAにはすべての班からメンバーが参画)を後押しし、メンバーの交流を一層促す方針である。FR1からサブリーダーが不在となっていることも解消すべき懸念事項である。ただし、班長のサブリーダーへの昇格や新たな班長の任命は、固まりつつある研究体制や班内・班間連携をかく乱する懸念があり、拙速にサブリーダーを求めることはせず、様々なチャンネルで適任者を探る機会を増やし、適した者が見つかり次第任命する方針である。
プロジェクト研究に対する研究所の支援体制について、広報室と連携したイベントの実績が増えつつあり、引き続きアウトリーチにおける連携・支援をいただけることを願う。共通サイト(特に琵琶湖)の解析にあたり地球研が蓄積してきた情報・データの利用に協力をいただきたい。PRが就任したINI東アジア地域センター代表の業務はボランタリーであって大きな支援は必要ないものの、東・東南アジアを中心とした国際ネットワーキング形成、INIからFuture Earthへの貢献を企図した窒素コミュニケーションに関するプロジェクト申請など、地球研の国際ミッションの達成にも有益な取り組みが多いことから、PLから地球研への情報共有に努めるとともに、地球研から必要な支援をいただけるとありがたい。2026年11月上旬を候補としてINIが3年ごとに開催する国際窒素会議を京都に招致すべく準備を始めており、例えば企画の一部として市民向け公開シンポジウムを地球研が担う形での共同主催を願う。日本初となる国際窒素会議をINIおよび関連学協会と共同主催できれば、地球研にも重要な実績となる。SusNの最終成果物とする日本窒素評価書(日・英版)は、それぞれ地球研和文学術叢書および英文学術叢書としての刊行を希望することから、協力を願いたい。