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環境文化創成プログラム:科学と在来知との接合による総合的な環境文化の創成

Last Updated :2024/04/16

研究室情報

基本情報

プログラム環境文化創成プログラム:科学と在来知との接合による総合的な環境文化の創成
プログラムディレクター松田 素二
URLhttps://www.chikyu.ac.jp/rihn/activities/project/program/01/
  • 2022年度の課題と成果

     

    研究目的と内容

     地球環境問題の現場に作用する諸力の複雑な交錯と結合の過程を、学際的、超学際的手法によって解き明かす。とりわけその過程における文化の役割を射程に入れて、持続可能な未来社会における人と自然の新たな相互関係性を展望する。

     本プログラムの具体的な問いは、地球環境問題という問題に私たちはどのように向き合い、どのようにして問題解決のための一歩を踏み出すことができるのだろうか。この問いかけに対して、文化と価値観の変容を切り口にしてアプローチする研究を束ねるのがこのプログラムの核心である。まず地球環境問題がどのような「問題」として立ち現れているのかを「認識」する必要があり、そのために自然科学・社会科学の諸分野の連携によって複雑で膨大なデータを解析し現実の危機を「可視化(見える化)」する。こうした研究によって私たちは環境危機への「気づき」を手に入れ、危機についての認識を「共有」することができる。これによって科学の力で危機を「可視化」—「気づき」—「共有」することで地球環境問題の解決のための準備ができるのである。

     しかしこれが本プログラムの最終目的ではない。こうして「共有」された地球環境の危機の認識に対して、私たちが、そして社会がどのようにこれまでの自分たちの行動を変容させ、価値観を変革して行くかを明らかにしなければならないからだ。

     

    ミッション

     地球環境問題のローカルな現場に現れる多様で異質な要素の間の複雑な連関や葛藤を対象にして、科学知による認識と分析を基盤としつつ、個々の社会が生成してきた「在来知」との対話と連携、その相互変容を通して、環境を保全し劣化に歯止めかけるための総合的な環境文化の創成を展望する。多様なアクター(地域住民、科学者、行政、NPO、国際機関など)が、どのようにして葛藤と向き合い、自立共生的な関係を構築し、相互に協働することで、人と自然の新たな相互関係性をつくりあげていくことができるかを明らかにする。

     

     このミッションを実現するために、本プログラムでは、地球環境問題の現場、あるいは持続可能な社会の構築という議論の中にいかにして「文化」の視点を取り入れることができるかについて探求を試みる。文化の視点というのは、グローバルやナショナルといった次元だけではなく、もっと身近で親密なそこで共同して生きる人々のまとまりを重視するということであり、そこで人々がいかによりよく生きるかという価値(生き方)を重視するということを意味している。その中には、科学的知見とは異質な価値も当然含まれている。こうした科学知と対立する様な価値に対して、矯正するのでも、賛美承認するのでもない、相互に変容しうるコンヴィヴィアル(異なったものが相互に特性を活かしてつながる様)で創造的な視点を作り出す必要がある。本プログラムは、こうした環境に対する多様な知識相互のコンヴィヴィアルな関係性に注目し、それを活用することで、環境と環境問題に向き明日新しい文化(それを環境文化と呼んでいます)を創成することに貢献する。

     

     

    本年度の課題と成果

     

     

     

     本年度の「環境文化創成」プログラムには、4年目を迎える二つのフルリサーチ(FR)と三つの予備研究(FS)、そして五つの萌芽研究(IS)がそれぞれ独自にユニークな研究成果をあげるとともに、プログラムのミッションに貢献すべく活動を継続した。二つのFRがあげた顕著で卓越した成果については、それぞれのプロジェクト業績の箇所で紹介されているので、ここでは、この二つがプログラムに与えた貢献についてまず報告する。

     まずサプライチェーン・プロジェクト(グローバルサプライチェーンを通じた都市、企業、家庭の環境影響評価に関する研究)についての貢献は以下のようなものだった。二酸化炭素の排出量の縮減が地球環境にとって決定的に重要であることは、今日、政策や生活づくりの前提である。しかしながら、カーボンエミッションに対する科学的に正しい警鐘を鳴らすことが、すぐに人々の行動を変容させたり、価値観を修正したりすることに結びつくわけではない。 本プロジェクトは、私たちが都市の日常的な消費生活を続ける中で、多種多様な製品やサービスを購入使用したりするという行為の膨大な積み重ねを、そうした製品やサービスのサプライチェーンに焦点をあてて、環境に対する負荷を解明する。そこでは、科学的知見と個々の消費者行動の中間に介在する、企業や自治体などが、それぞれの思惑と利害、理念をもとに、科学的知見を行動変容へと転換する役割を担っている。「科学と文化の対話」の中間項に着目して環境文化創成を展望することが、本プロジェクトのプログラムに対する大きな貢献であった。

     次のSRIREPプロジェクト(高負荷環境汚染問題に対する持続可能な地域イノベーションの共創)の貢献は次のようなものだ。水銀を使用した小規模金採掘が、環境や健康に多大な被害を与えることはよく知られている。しかし現実には数少ない貴重な現金収入源として、規制をかいくぐって継続している地域が世界に数多くあり、こうした活動に従事している人々に、「科学的正しい知識」を供与するだけでは、問題は解決しない。 本プロジェクトでは、単に「正しい知識を啓発する」のでも、「代替手段を与える」のでもなく、彼らの社会の基底にある価値に寄り添い、その実現のための方策を協働しながら見出すという、TDCOP(社会実装のための実践共同体)を多様なレベルで数多く作り上げる作業を、人々と相談しながら行っています。この方向性こそが「科学と文化の対話」を探求するプログラムの可能性を示しているのである。

     3つのFSもそれぞれ大きな貢献をした。

    まず「北方圏の自然冷熱エネルギーを利用した凍結貯蔵のフードライフヒストリー」研究は、地球温暖化は、地球環境問題の中心的な課題である地球温暖化に北方圏を対象にユニークな調査研究を継続した。地球温暖化は、影響を受ける社会の基盤を不安定化させ持続可能性に打撃を与え流が、本研究では、こうした社会としてアラスカとシベリアにまたがる凍土地帯を対象として、そこで人々が作り出してきた食文化、中でも保存、貯蔵の思想と技術に着目する。 凍土を利用した地下貯蔵は、当然、近年の温暖化によって多くの問題に直面しますし、それだけではなく、極北の少数民族社会が経験する近代化や市場化といった社会変化によって、かつての伝統的生態学的知識や実践が揺らいでいる。 本研究では、こうした環境変化を精確に把握するとともに、凍結保存のために用いられるアイスセラーなどの装置に込められた複数の役割を、地元のコミュニティとともに探り、その意味から人類未来社会の在り方(知識や生の営みのための複数のシステムの保持と活用)を展望しようとする点で、「科学と文化の対話」の一つの方向性を示している。

     次の「科学とアートの融合による環境変動にレジリエントな在来知の再評価と未来集合知への展開」研究は、ある地域社会にかつて起こった破局的な変化(地震、津波、大雨、飢餓、戦争など)に対して、地域社会はどのようにそれに対処し生き抜いてきたのかという問いを考える。そのために本研究では、古サンゴの厳密な年代測定によって過去の破局的事態を再現したり、古文書や集合的な記憶から過去の苦難を再構成する。その上で、その苦難をいかに乗り越えようとしたのかを、今を生きる人々や研究者が協働して想像力を駆使して導きだします。想像力を発揮するための重要な手段として、本研究が採用したのが演劇的手法だった。 演劇を通して、問いや課題を「自分ごと」に転換していくことで、大規模な環境変化を対象化していくという作業は、科学的知識から、行動変容、そして価値観の創造を展望するという本プログラムの核心に迫るものだ。

     最後の「都市—農村のバイオマス循環の構築に向けた実践研究」が焦点を当てるのは、ゴミ(廃棄物)の循環である。とりわけグローバルに都市化が進展し消費文化が極相化している今日、都市の生活ゴミの処理は、地球環境問題の重要な課題の一つと言える。本研究では、ゴミを廃棄物ではなく、循環物として捉え直すことで、この問題にアプローチする。実際には都市の生活ゴミと言っても、内容は多岐にわたるが、本プロジェクトでは、まず循環物として対象化しやすい地域で実験的に廃棄物から循環物へという転換の可能性を探る。すでに長期間、実験を継続している西アフリカのニジェールでは、都市の生活ゴミを、郊外に捨てることで緑化地帯を作り出し、それによって、牧畜民の家畜による農地への侵入被害を予防するという、都市民ー農民—牧畜民の対立・紛争連鎖を、ゴミによって断ち切り共生のための環境を創造するという試みを展開し、その経験を他地域に拡大しようとしている。 科学的知見を活用して、地域の文化(価値観)の再創造を図ろうとする点で、本プログラムに大きな貢献を果たしている。

     さらに5つの萌芽研究についても、本プログラムのミッション達成に接続する形でそれぞれが実験的、理論的な検討を行い、プログラム報告会でそれを共有して次のステップに活かすための土台を構築した。

     

     本年度は、FR,FS,ISそれぞれが組織したセミナーや研究集会とは別に、プログラムとしての成果共有と方向性の確認のためのワークショップを三回開催し、また各研究代表、メンバーとの間で、人文・社会系専門家との「プログラムープロジェクト懇談会」を8回開催した。

     

     

    今後の課題

    2022年度の成果を踏まえて本プログラムの今後の課題については以下の三点があげられる。

    1)異質な二つの知(科学知と在来知)の関係性を捉える理論的視座の確立。

    新しい「環境文化」の土台は、「科学知」と「在来・地域知」の対話の構築にあるが、両者が相互補完的にスムーズに接合する場合にのみ焦点が当てられ評価、称賛される傾向が強い。両者が一見非和解的に対立・敵対する場合、その両者の関係性を判断・判定する最終審級についての理論的検討は今後の大きな課題である。

    2)プログラムに所属するFRFS相互の有機的連携の構築。

    それぞれのFRFSがプログラムのミッションに対してどのような貢献をしてきたのかについては、プログラムディレクター(PD)とFRプロジェクトリーダー、FS責任者との間で緊密な協議や懇談を継続的に行ってきたが、FRFSの間の対話や議論は、年に数回のプログラム成果報告会の場での質疑応答やコメント・リプライ以外にはチャンネルが用意されていなかった。今後はPDのイニシャティブで横の連携を必要に応じて構築できるようにする必要がある。

    3)プログラム横断の対話と連携構築の追求

    今年度から新たに第二プログラム「土地利用革新のための知の集約プログラム」が立ち上がり、第三プログラムの準備も進んでいる状況を背景にして、研究がプログラム内に閉じることなく地球研全体のミッションを各種研究組織が連携協働して実現するために、異なるプログラムに属するFRFSISが相互に対話し成果や問題点を共有できる仕組みを構築する必要がある。

  • 2023年度の課題と成果

     

    研究目的と内容

     「環境文化創成プログラム」は、地球環境問題の現場に作用する諸力の複雑な交錯と結合の過程を、学際的、超学際的手法によって解き明かす。とりわけその過程における文化の役割を射程に入れて、持続可能な未来社会における人と自然の新たな相互関係性を展望することを目的としている。

     地球環境問題という現代社会が直面する深刻な課題に私たちはどのように向き合い、どのようにして問題解決のための一歩を踏み出すことができるのか、と問われると、地球が直面している環境危機(温暖化、森林消失、大気汚染など)に関する正確で厳密な測定と分析にもとづく科学的根拠を示すことで、人々の考え方を正し、行動の変容を導き出すという答えが想定されるだろう。しかしながら、科学的に正しい知識の獲得は大変重要な要素だが、それだけで人々の価値観や行動様式が自動的に変容することはない。なぜならそこには人々の生き方をいい意味でも悪い意味でも規定している文化の要素が作用しているからだ。したがって、地球環境問題の解決のためには、この文化の問題を正面から取り上げる必要がある。こうした視点で文化の創造力を捉え直し、地球環境問題の解決と連動する環境文化の創成を目指すのが本プログラムのエッセンスである。その視点を言い換えると「科学と文化の対等な対話」ということができる。これまでの地球環境問題に関する研究では、学際的超学際的を標榜していても、最終的には科学的知識の絶対性(優越性)を無意識の前提にするスタイルが主流であった。そこにおいては、科学的知識に合致する、在来知や伝統知は「再評価」されるものの、合致しないものは、「非科学的」「迷信」とみなされ否定的な評価をされてきた。こうした状況において、科学を絶対化する科学至上主義でも、文化的価値を上位におく伝統賛美主義(反科学主義)でもない、両者がともに対等に対話し両者がともに変容をとげるような関係こそが必要とされる。本プログラムが創成を目指す環境文化はこうした関係性を生み出すものなのである。

     

    ミッション

     地球環境問題のローカルな現場に現れる多様で異質な要素の間の複雑な連関や葛藤を対象にして、科学知による認識と分析を基盤としつつ、個々の社会が生成してきた「在来知」との対話と連携、その相互変容を通して、環境を保全し劣化に歯止めかけるための総合的な環境文化の創成を展望する。多様なアクター(地域住民、科学者、行政、NPO、国際機関など)が、どのようにして葛藤と向き合い、自立共生的な関係を構築し、相互に協働することで、人と自然の新たな相互関係性をつくりあげていくことができるかを明らかにする。

     このミッションを実現するために、本プログラムでは、地球環境問題の現場、あるいは持続可能な社会の構築という議論の中にいかにして「文化」の視点を取り入れることができるかについて探求を試みる。文化の視点というのは、グローバルやナショナルといった次元だけではなく、もっと身近で親密なそこで共同して生きる人々のまとまりを重視するということであり、そこで人々がいかによりよく生きるかという価値(生き方)を重視するということを意味している。その中には、科学的知見とは異質な価値も当然含まれている。こうした科学知と対立する様な価値に対して、矯正するのでも、賛美承認するのでもない、相互に変容しうるコンヴィヴィアル(異なったものが相互に特性を活かしてつながる様)で創造的な視点を作り出す必要がある。本プログラムは、こうした環境に対する多様な知識相互のコンヴィヴィアルな関係性に注目し、それを活用することで、環境と環境問題に向き明日新しい文化(それを環境文化と呼んでいます)を創成することに貢献する。

     

    本年度の課題と成果

     本年度の「環境文化創成」プログラムには、最終年度を迎える二つのフルリサーチ(FR)と翌年度からFR開始予定の2つのプレリサーチ(PR)、そして翌年度のPR採択を目指す四つの予備研究(FS)がそれぞれ独自にユニークな研究成果をあげるとともに、プログラムのミッションに貢献すべく活動を継続した。二つのFRがこの5年間に達成した顕著で卓越した成果については、それぞれのプロジェクト業績の箇所で紹介されているので、ここでは、この二つFRが「環境文化創成」プログラムに与えた貢献についてまず報告する。

     まずサプライチェーン・プロジェクト(グローバルサプライチェーンを通じた都市、企業、家庭の環境影響評価に関する研究)についての貢献は以下のようなものだった。二酸化炭素の排出量の縮減が地球環境にとって決定的に重要であることは、今日、政策や生活づくりの前提である。しかしながら、カーボンエミッションに対する科学的に正しい警鐘を鳴らすことが、すぐに人々の行動を変容させたり、価値観を修正したりすることに結びつくわけではない。 本プロジェクトは、私たちが都市の日常的な消費生活を続ける中で、多種多様な製品やサービスを購入使用したりするという行為の膨大な積み重ねを、世界各地域のビッグデータを用いて解析・分析し、地図上で手軽に可視化することを実現した。そこでは、科学的知見と個々の消費者行動の中間に介在する、企業や自治体などが、それぞれの思惑と利害、理念をもとに、科学的知見を行動変容へと転換する役割を担っている。「科学と文化の対話」の中間項に着目して環境文化創成を展望することが、本プロジェクトのプログラムに対する大きな貢献であった。

     次のSRIREPプロジェクト(高負荷環境汚染問題に対する持続可能な地域イノベーションの共創)の貢献は次のようなものだ。水銀を使用した小規模金採掘が、環境や健康に多大な被害を与えることはよく知られている。しかし現実には数少ない貴重な現金収入源として、規制をかいくぐって継続している地域が世界に数多くあり、こうした活動に従事している人々に、「科学的正しい知識」を供与するだけでは、問題は解決しない。 本プロジェクトでは、単に「正しい知識を与えて啓発する」のでも、「代替手段を上から援助して与える」のでもなく、彼らの社会の基底にある価値に寄り添い、その実現のための方策を協働しながら見出すという、TDCOP(社会実装のための実践共同体)を多様なレベルで数多く作り上げる作業を、地元のコミュニティの人々の主体的参画によって構築し多くを軌道にのせてきた。この方向性こそが「科学と文化の対話」を探求するプログラムの可能性を示しているのである。

     2つのPRもプログラムに対してそれぞれ大きな貢献をした。

     まず「科学とアートの融合による環境変動にレジリエントな在来知の再評価と未来集合知への展開」研究は、古サンゴを用いた厳密な時代測定研究の第一線で国際的に活躍している自然科学者と、地域社会の文化、記憶、アイデンティティなどを考察してきた人文・社会科学者、それに加えて、感性と知性を身体で表現するパフォーマー・アーティストたちが、地元コミュニティのメンバーも交えて共同の作業をつくりあげるなかで、それぞれがよって立ってきた土台を変容させ、共通の土台の上で科学と文化の対話を実現し、科学とアートの融合をはかろうとする挑戦的な試みは、科学と文化の対話の困難とそれを乗り越える可能性を示すことでプログラムに大きな示唆を与えた。これまでこの両者は、どちらかが主で、他方がその手段という非対称的な関係で固定されてきた。環境問題の現場では、科学が主人公で、その成果をアウトリーチするための道具として演劇やアートが活用されてきた。しかしながら本プロジェクトでは、そうした主従関係を退けて両者がともに主張しともに変容する関係性を作り上げる実験を繰り返している。その成果は大いに期待できる。

     もう一つのPR「都市—農村のバイオマス循環の構築に向けた実践研究」が焦点を当てるのは、ゴミ(廃棄物)の循環である。とりわけグローバルに都市化が進展し消費文化が極相化している今日、都市の生活ゴミの処理は、地球環境問題の重要な課題の一つと言える。本研究では、ゴミを廃棄物ではなく、循環物として捉え直すことで、この問題にアプローチする。そのために、たとえば日本の大都市でうまれる食品ロスを廃棄処分するのではなく、ドライコンポストを活用して堆肥化する実験を継続しながら、その成果をウガンダなどにも応用する実験的試みにも着手している。それは不要物を「焼却」する思想から「発酵」させて有用物に転化する思想への移行でもある。それと並行して、すでに長期間、西アフリカで実験を継続してきた、都市の生活ゴミを、郊外に捨てることで緑化地帯を作り出し、それによって、牧畜民の家畜による農地への侵入被害を予防するという、都市民ー農民—牧畜民の対立・紛争連鎖を、ゴミの循環システムの導入によって断ち切り共生のための環境を創造する実践の根本思想を抽出し他地域に適用する試みも行っている。以上のように、科学的知見を活用して、地域の文化(価値観)の再創造を図ろうとする点で、本プログラムに大きな貢献を果たしている。

     さらに4つのFSも、それぞれユニークな成果を通してプログラムの発展に寄与してきた。

     大手FS「森林の価値とは ー森と生きるひとと社会の未来像ー」がフォーカスするのは「森林の価値」である。現代社会において、森林はひとびとの生活世界からは切断されそれが原因で森林の消失や劣悪化への意識をしなくなった。そこで切断された森とひととの関係をつなぎ直す実践と思想が重要となる。このFSは、それを実現するために新しい関係性の創造、すなわち新しい環境文化の創成を目指そうとした。

     久保田FS「住まい方とライフスタイル変容によるグローバルサウスの成長過程におけるデカップリングの実践」のテーマは、インドの都市へのパッシブ建築への注目である。現代世界における脱炭素の生き方を進めるためには、勃興するアジアの都市中間層の消費生活のスタイルを変容させることが重要で、そのためには都市の低炭素住宅の開発と普及を上から推進するだけでなく、既成住宅の低/脱炭素型住み方と生き方を進める必要があるというのが本FSの真骨頂の視点であり、それによって環境文化創成に多大な貢献をなした。

     山田FS「「持続可能性」概念のマクロ分析と生活世界における自然との共生知のミクロ分析の総合による「概念-価値-行為」の関係の分類軸の構築」が焦点をあてるのは、SDGsはじめ近年、行政も企業も推進すべき対象として無条件に受け入れている「持続可能性」という概念である。この概念が、それぞれの社会の基底にある価値の文脈から外れて、絶対的正義のドグマとして流通していることが、環境問題に対する認識を妨げているのではないかという問題意識にたって、社会の基層価値に根ざした「持続可能性」を探求するプロジェクトは、地球環境問題の知識社会学的検討としても重要な意味をもっている。

     最後の本郷FS「地域知と科学との対話による公正で持続的な狩猟マネジメント」は、熱帯林の野生生物の公正で持続的な狩猟が、いかにして科学知と在来知の協働によって可能になるかを、学際的超学際的に研究するプロジェクトである。現代世界において、熱帯林の破壊と野生生物の減少は顕著であり、そのために、森林の保全と野生生物の保護が要請されているが、一方で社会の中でますます周縁化される森林で暮らすひとびとの生活の保証も重要である。このアポリアを解決するために、科学知と在来知の真の意味での対等な関係にもとづく知の創造を探求するのが本プロジェクトは、プログラムの核心的な問いに応えようとするものである。

     本年度は、各プロジェクトについて専門家との議論を深めるための懇談会を三回開催し、カリフォルニア大学バークレー校の特別研究教授を務めるProf. Bin Wongとプロジェクトの代表者・責任者との懇談会を三度開催した。

     

    今後の課題

     2023年度の成果を踏まえて本プログラムの今後の課題については以下の三点があげられる。

    1)異質な二つの知(科学知と在来知)の関係性を総合的に捉える理論的視座の確立。

     新しい「環境文化」の土台は、「科学知」と「在来・地域知」の対話の構築にあるが、両者が相互補完的にスムーズに接合する場合にのみ焦点が当てられ評価、称賛される傾向が強い。とりわけ、在来知の効果が、科学知によって検証される場合が両者の理想的関係性として焦点化されることが多い。しかしながら、現実には両者が一見非和解的に対立・敵対する場合も少なくない。そうしたケースにおいて、最終的な判断をくだすのは、科学知あるいは在来知のどちらか一方であることが一般的である。そうではない第三の可能性についての理論的検討が重要となる。それぞれの事例の分析を通して、そのための予備的作業を行うのが来年度の課題となる。

    2)プログラムに所属するFR、PRの有機的連携の構築。

     来年度は、本プログラムのFR(FR移行前のPR)3本がすべて揃う最初の年となる。したがって、3本の相互連携と、それぞれがプログラムにとってどのような貢献をすることができるかを定め、それに向かってプロジェクト間の協働を試みる必要がある。3つのプロジェクトが、どのような視点でプログラムミッションを遂行するかを検討し、その過程で相互の視点がどのように変容するかについて議論するフォーラムの構築が課題となる。

    3)プログラム横断の対話と連携構築の追求

     今年度から新たに第二プログラム「土地利用革新のための知の集約プログラム」が立ち上がり、第三プログラムの準備も進んでいる状況を背景にして、研究がプログラム内に閉じることなく地球研全体のミッションを各種研究組織が連携協働して実現するために、異なるプログラムに属するFR、PR、FS、ISが相互に対話し成果や問題点を共有できる仕組みを構築する必要がある。

     

共同研究者情報

共同研究者(所属・役職・研究分担事項)

  • 松田 素二, 総合地球環境学研究所 研究部, 特任教授
  • 濵田 武士, 総合地球環境学研究所 研究部, 研究員


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