プロジェクト区分 | フルリサーチ(FR) |
期間 | 2020年04月 - 2029年03月 |
プログラム | 実践プログラム:環境文化創成プログラム |
研究プロジェクト | 科学とアートの融合による環境変動にレジリエントな在来知の再評価と未来集合知への展開 |
プロジェクト略称 | SceNEプロジェクト |
プロジェクトリーダー | 渡邊 剛 |
URL | https://project-scene.com/ |
研究目的と内容
1)目的と背景
過去から現在までの気候・環境変動と人・社会の関係を同じ時間解像度で対比することにより、文明・社会・生活の変革点におけるグローバルな気候変動と、リージョナルかつカタストロフィック事変が地域社会における生活に与えたインパクトと、世代や文化の断絶を越えて残った時空を越える共通価値(或いは、特定の環境や時代に特化した価値)を明らかにする。将来に予測される地球規模の気候変動とカタストロフィック事変の確率論に対して、レジリエントでより共感力と実行力を持った将来像を、文理融合の多分野からなる研究者とアーティスト、地域のステークホルダーが協働し、作り出し、地球環境問題を自分ごとにすることを目的とする。本研究のプロセスおよび制作される将来像が周囲の環境の変化に対してレジリエントな生活様式の提案およびその導出モデルとなる。
サンゴの記憶、ヒトの記憶:本研究では、サンゴ骨格年輪を用いた高精度年代決定と、時間解像度の高い古環境記録を用いた人文・社会科学記録との直接比較を行い、自然(サンゴ)の記憶と人の記憶を重ね合わせることによって、人と自然の関係の高解像度データを導出することを発想した。造礁サンゴや二枚貝の骨格は一年に数センチの速い速度で付加的に成長するために、その年輪を微小に分割することにより週〜月単位で数百年間の環境を復元することができ、特定の時代の人の生活を取り巻く環境を切り取るタイムマシーンとなる。(5.業績参照)。FS期間において、本研究の主要な対象地域である喜界島で、現生及び化石サンゴ骨格を用いた一次データ(過去の水温、降水量、塩分、栄養塩、石灰化量の推定、サンゴ礁生態系の変遷)の取得に加えて、年代測定方法と環境パラメーターの高精度化が行われた。また、類似の時間解像度を持つ他の古気候記録(木の年輪、鍾乳石、炭酸塩堆積物)(e.g.Nakatsuka et al., 2020, Zang et al., 2020) との対比可能性の検討と汎地球規模のデータベースとの比較統合を行うことにより、年代や定量性に制限がある遺跡や古文書、伝承、民話などに基づく人文・社会科学データとの直接比較が可能となった。これまで過去の人の生活と環境変動の関係性を直接に比較することができる確度と精度の高い気候および環境情報データはこれまでほとんど存在していない。そのため、本研究の成果により初めて過去の人の生活と気候変動が直接比較可能となる。
2)地球環境問題の解決にどう資する研究なのか
地球環境変動が気候変動と社会変動とが複雑に絡みあい決定づけられる人新世の激変する地球環境下において、レジリエントなヒトと自然の関係を探るためには、異なる時空感スケールで多層的に交差するそれぞれの外部および内部要因を特定しその相互作用を高い精度で理解しなくてはならない。また、地域の人々が自ら自発的により良い選択を行うことができるナッジに基づいた適応策が求められる。本研究プロジェクトでは、科学・アート・コミュニティが三位一体となって創発・協働できる仕組みから地域における課題発掘と解決から地球環境問題にアプローチする。本研究では、サンゴをはじめとする1日から数年単位の高解像度の環境指標から、過去から現在までの気候・環境変動と人・社会の関係を時系列に沿って比較することにより、地球環境変動と地域の環境事変がどのように人の思想・行動・生活を変化させ、現在の地域における生活(在来知)を形成してきたか、地域における“人と自然の高解像度の関係史”を、演劇の諸過程を通じて高解像度化する。さらに異分野の研究者や地域のステークホルダーのエンパシーと協働を促す将来像(未来集合知)を演劇のプロセスを用いることにより肌感覚に近い自分ごとになる環境適応策を提案する。
3)研究組織
■総括ユニット:研究企画、研究成果の取りまとめ、公演や出版など研究成果の公表・普及の企画・運営を行う。リーダー、サブリーダー、事務補助員、技術補助員、RA及び大学院生が含まれる。
■サイエンスユニット:本プロジェクトにおける自然科学・人文社会学的な調査・実験・検証等を担う研究者および研究活動をおこなうアーティスト・地域ステークホルダーが含まれる。
■アートユニット:アーティストおよびアートの制作を行う研究者、マネージメントにより構成され、アートの制作・公演によりサイエンスユニットと共同制作をおこなう。アーティストは共同研究員あるいは委託制作としてプロジェクトに参加する。
■ローカルユニット: 地域における語らいの場の設定や、アートの公表をおこなう。本ユニットには共同研究員あるいは研究協力者として地域ステークホルダーが含まれる。
本年度の課題と成果
本年度までは、他の古環境指標の分析と解析および人文科学の情報との比較を実施するために、サンゴ骨格の地球化学分析を進めるための実験設備及び体制の構築を行なった。さらに、科学とアートの融合を進めるための実験的な試みを実施した。またエアドームやVRなど没入感のあるメディアを用いて、環境そのものを持ち運んで共感性を図る試みを開始した。
高解像度の時間軸データの導出:造礁サンゴによる過去の環境変動の復元
造礁サンゴや二枚貝から復元される高解像度の水温、降水量、台風、地震・津波シグナル、火山噴火などの環境事変を復元し、サンゴ骨格を含めたマルチプロキシーを活用した大気-海洋―陸水循環の時間軸方向のモデルの構築を目指し、現在、解析を実施している。喜界島では完新世から現在にかけての古気候記録と地震や飢饉、台風などの災害、それに伴う社会変動を示す証拠を遺跡や古文書から導出する試みを実施している。本年度までの進捗で、完新世の東アジアモンスーンの強弱の変遷を過去10000年間にわたって実施する計画が生まれた。また、本研究プロジェクトのサンゴ年輪の解析を加速するため、PR期間では質量分析計の移設や、メンテナンス、解析チームの構築を主に行なってきた。
文理融合・超学際研究の壁と演劇の導入
本研究のIS-FSの初期では、同じフィールドにおいてワンチームで調査を行った。文理融合が進むと考えていたが、実際には人文科学と自然科学の異なる志向、手法、成果や評価方法の相違から、共通のイメージやゴールに距離感があるという問題が発生した。また、人と自然のデータを比較するときの時間解像度の相違が、本研究を進める上で大きな問題となった。また、さらに研究成果をそのまま共有するだけでは地域住民の自発的な地域課題の発見や解決に至らないこと、また、研究者の考える課題と地域住民の考える課題が必ずしも一致しないことなどの障害があった。よって、本研究では、演劇をはじめとしたアートの手法を取り入れ異分野の研究者や地域のステークホルダー、異なる世代間において、エンパシーの獲得と未来思考の協働作業の促進を目指すための方法の開発と実践を行うこととなった。FS期間初年度では、研究参画者が劇作家・演出家である平田オリザ氏の演劇ワークショップを受講し、演劇を学ぶところから始まった。さらに、分野の異なる研究者、地域住民、学生がチームとなって、地域の中で起こりうる、あるいは起こりえた課題を設定し、演劇の制作に取り組み、地域住民の前で演劇の上演を行った。地域での上演においては、演劇実施前後のインパクトを測るために、相互インタビュー、ロングインタビュー、参加者の周囲への影響、草のもの作戦・アンケート・インタビューによる観客の意見の収集、遠隔参加者への影響評価を実施した。研究者が演じることにより、観客が研究者に親しみやすさを感じたり、演劇で起こっている問題から現実の問題を思い起こすなどの効果が生まれた。本研究ではこの共有とバリアを取り払うプロセスをPhase1とした。
本研究ではアートによる科学データのシミュレーション(高解像度化)をPhase2とした。本研究で制作した仮想SceNE「ユラウ」を2022年10/15,16に喜界町、12/21-23に東京駒場で喜界島の集落と水の関係をテーマにした演劇を劇団「青年団」と制作し、上演した。喜界島で上演した際には、観客の共感の有無と感情や情報の伝搬、環境や地域社会に対する考えや行動変容を劇作家・演出家・役者・観客(研究者、地域住民、及びステークホルダー)に対するアンケート及びインタビュー調査により多角的かつ客観的な評価を実施した。実践した演劇公演では、研究成果がアートに変換されたことにより、一方向の知識の享受ではなく、様々な問いや疑問や観客と研究者、アーティストの間で対等な対話が生まれ、研究者は自己の研究分野における可能性と新たな視点と観点から研究テーマの立案を行い、地域住民からは、服装や所作などの具体的な記憶や習慣、生活の情報が提供され、演劇の解像度がさらに向上する連環が生まれることが示された(図S6)。
科学者とアーティストの共同が深まると、科学にとってもアートにとっても新しい領域を目指すようになった。PR期間ではそれはどのようなものかを模索するために、演劇ワークインプログレス1期・2期をおこなった。演劇ワークインプログレス1期は2023年11月に実施された。サンゴ礁の観察と喜界島の成り立ちの体感を通して、研究者がどのような視点で調査を行なってきたかの共有を行ったのち、島の暮らしを想像するための産後の石材との関わりや集落の歌や踊りへの参加、郷土料理の調理などを通じて、地域住民と研究者、アーティストが交流を行った。そこから生まれた疑問や所作の共有、さらに科学データをどのように身体に落とし込むかの実験が行われ、地域住民の前で披露しながら、実際にはどのように身体を使って石垣を積んできたか、サンゴが海の中でどんな情報を記録しているかの共有が行われた。制作した作品は地球研の報告会にて、SceNEプロジェクトの報告時間中に上演され、報告会の場を用いたアート作品とした。また、本プロジェクトでは新たなアートの試みや、受け取り手の体験(体感)を変えることによって、どのような感情になったり、どのような変化が起こるかを調査を続けている。
サウンドアート 「サンゴの声」
新たな試みとしてサウンドアートの制作を開始した。炭酸カルシウムを主成分とするサンゴ骨格は、サンゴの種類によってさまざまな内部構造をもっており、海洋のさまざまな環境特性や変化がサンゴ骨格が成長する過程に作用する。サンゴ骨格の内部の微細空間や密度、結晶構造を音響という側面から解析することを試みたアート作品を制作した。生体的なサウンドアートの領域で表現活動を行っている作曲家・藤枝守氏と共に、サンゴ骨格を水中に沈めて、骨格内部から放出される気泡を水中マイク(ハイドロフォン)によって収録する方法によって、骨格の内部構造を音響に変換することを試みた。現生と5000年前のハマサンゴの骨格を水中で収録した音源を素材とし、微妙に変化しながらも周期性をもった音のパターンを聴き出すことができた。
環世界体感ドーム SceNERIUM
本研究で撮影される映像や音響、ストーリーをドーム空間で上映することにより、その視点や振動を身体で感じることを発想し、環世界体感ドームSceNERIUMと名付けた。本年度は地球研オープンハウスで喜界島で制作したアンソロポリウム(人類学×プラネタリウム)番組「サンゴ礁から星空へ」および本年度制作したサンゴの声の上演を行なった。体験した参加者のアンケートでは、ストーリー性のあるアンソロポリウムではメッセージが直接的に伝わり、喜びや尊さの感情が明確に現れたが、「サンゴの声」では驚きと共に、それぞれ不安や悲しみなど抱く感情が異なり、振れ幅も大きくなることがわかった。感想からはストーリーから学んだことや映像による擬似体験に基づく感想と共に、アートによって心に訴えかけられたという声が聞かれた。
2)本年度の成果
FR1では組織体制の見直しをおこなった。本プロジェクトを進める中で、科学とアート、科学と地域、アートと地域、それぞれが融合するための壁があり、その融合を促すための試みを実施してきた。本プロジェクトの構成と研究活動を体系化するために、組織体制を、サイエンスユニット(科学)・アートユニット(アート)・ローカルユニット(地域)の3つとし、それぞれが融合するための取り組みを統括ユニットが実施する構成に変更した。
【サイエンスユニット】
喜界島全史解読プロジェクト:奄美群島・喜界島はその類まれな隆起速度により、過去10万年間に形成されたサンゴ礁が露出している。そこから得られるサンゴ化石によって、各年代の詳細な気候を明らかにすることが可能である。特に喜界島を含む南西諸島は東アジアモンスーン(EAM)の影響を強く受ける地域であり、喜界島から得られる詳細な気候の季節変動は南西諸島のサンゴ礁島嶼の暮らしに影響を与えてきた。本研究では、喜界島から得られたサンゴ化石を用いて海面水温(SST)、海面塩分(SSS)、降水量の季節変動の復元をおこなっていく。これらのデータと南西諸島の考古学的なヒトの生活との変遷を比較し、自然環境の変化が人が築いてきた文化に与えてきた影響を議論するための基礎データとして用いる。今年度は環境変動をとらえるためにサンゴを採取してから安定同位体比を分析するための設備とプロトコルの立ち上げをおこなっている。さらにフィールドワークでは、完新世のサンゴ礁のサンプリングおよび10万年前のサンゴ礁段丘の予備調査を実施する。綿密な年代測定により過去7800年間の環境変動を連続的に捉えることを目指し、これまでの研究成果の取りまとめを実施している。
時間のものさしシンポジウム:超学際研究を進める中で、生き物や物質がもつ多様なリズムや時間のスケールを持つことに着目し、「時間のものさし」をテーマにシンポジウムを開催した。多様な科学分野とアート、地域が交わる中で、「時間」と「空間」を合わせることで、情報の比較と理解ができることを発見した。シンポジウムでは、参加者間で各分野における時間のものさしを知り、異なる時間の感覚を共有し、新たな知見と理解を深めることを目的とした。11名の登壇者が話題を持ち寄り、地球科学的手法による絶対年代の測定、樹木年輪とサンゴ年輪の対比、造礁性サンゴの持つ時間軸と空間と言った自然科学の分野に加え、人類学の視点から見た人類史からみた暦と時、探検家の立場からは古代船から学ぶデジタルとアナログの時間について発表があった。また、アートの側面からは、演劇における時間について舞台芸術における時間の限定と拡張、音楽の視点から、近代音楽家が作曲にどのように時間を扱い表現するかについて発表された。そしてプログラムディレクターからは、科学とアートの関係性をどのように設定するかといった、多様な時間観念のコンヴィヴィアルな関係について議論が行われた。
【アートユニット】
演劇ワークインプログレス2期:演劇ワークインプログレス2期では、科学とアートの共同をどのようにおこなうかを検討するために、科学知として「同位体の質量」というシンプルな概念に落とし込み、それを演劇として身体に落とし込めるか、観客が感知できるかの2点を検証する実験を行うこととなった。その結果、演出上の俳優の動きが質量のある粒子の物理的な法則と同じように振る舞われることや、同じ長さの演劇であっても、観客が質量の重心に惹きつけられるか、離れるかによって、鑑賞した時間の感覚が全く異なることなど、演出によって観客の受け取り方が変わることを確かめた。今後はこのような実験的取り組みと演劇の創造性を行き来することにより、より「自分ごと化」しやすい演出方法や鑑賞方法を検討したい。
金沢21世紀美術館×総合地球環境学研究所 展示制作:SceNEプロジェクトでは、サウンドアート・インスタレーション「珊瑚の場」と「百年かけて劇場をつくるプロジェクト」で制作した喜界島の模型、映像作品「喜界島のサンゴ ー循環する命の記憶ー」の3作品の展示を開始した。サウンドインスタレーション「珊瑚の場」は昨年度より作曲家・藤枝守氏と制作している「サンゴの声」 「珊瑚文様」に続く作品であり、サンゴ骨格を水中に沈めて、骨格内部から放出される気泡を水中マイク(ハイドロフォン)によって収録する方法によって、骨格の内部構造を音響に変換する試みを実施している。今回のインスタレーションの制作には、喜界島在住の志戸桶区長・中山勇氏と喜界島エコツーリズム協会の外内淳氏が参加し、喜界島の人々が大型のサンゴの塊状群体をくり抜いた芋洗い鉢「フムラー/トーニ」を収集し、インスタレーションの中央に配置した。その周りには喜界島の石垣に用いられていたサンゴ石と海岸に打ち上がったサンゴ石を配置し、自然に打ち上がった/化石化したサンゴから人の手が加わって庭の景観を作ってきたサンゴの二つを同時に見ることによって、自然と人が寄り添って生きてきた様子を表現し、その音楽はさまざまなサンゴの記憶を語っている。また、自然物を美術館に置くことへの制約により、すべての生物を燻蒸処理により除いてから展示する行為が起こったことから、自然を都市部や人の文化を守るために排除しなければならないジレンマをキュレーターと制作チームで確認する機会となった。また、2月には同じ場で演劇の上演を予定している。
環世界体感ドーム SceNERIUM:本研究で撮影される映像や音響、ストーリーをドーム空間で上映することにより、その視点や振動を身体で感じることを発想し、環世界体感ドームSceNERIUMと名付けた。本年度は、研究者が研究目的で撮影した画像や映像と、実際に調査中に海中で撮影した360度映像を投影し、サンゴの特徴である動物・植物・鉱物の3つの側面と、地球環境・人との関わりを研究者の声で紹介するプログラムを制作した。プログラムはサイエンスアゴラ2024、地球研オープンハウスで上映され、述べ500名が体験した。体験した参加者のアンケートでは、喜び、驚き、尊さ、感動という感情が強く現れ、悲しみ、不安、嫌悪は少なかった。一方で解説が入っていることから、参加者は知識を得たことと360度の海中映像による没入感が感想の30%をそれぞれ占めた。また約30%の参加者がサンゴや地球環境の現状を知りたい・サンゴを飼いたいなど次のアクションを記入し、「自分ごと化」につながっている。意見の多様性をより生み出すためには、プログラムの中に残す問いの数なども調整の必要がある。
【ローカルユニット】
喜界島みらい会議:本プロジェクトに参加する社会学者・依田真美氏及び地球研の広報・竹腰麻由氏がアドバイザーとなり、町議員が司会者となってみらい会議の構成を計画した。サンゴ留学として離島留学している高校生らの成果発表から始まり、町長も研究者も一参加者としてフラットに、喜界島の未来を語り合う機会となり、島民からは次々と喜界島をより良い島とするためのポジティブな意見が聞かれた。一方で、課題の共有や地域ビジョンの共有までには回数を重ねるべきである旨の意見も聞かれ、今後も立場に関係なく、多くの人が語り合う場として機能することを期待するとともに、この会場から出る人々の言葉もアートに組み込み、客観的に喜界島に住む人々が自分の姿を観察し、より明確なみらいビジョンの作成にも取り組みたい。
サンゴとアートのおまつり:本研究の成果を地域で共有するための機会として、新しい祭をつくる試みを実践している。前回のまつりでは、SceNERIUMや、サンゴの声とハープの演奏を鍾乳洞で実施する奉納演奏、建築フィールドワークの成果報告、医学チームによるサンゴの島の骨密度調査、八月踊りと島唄を歌うサンゴまつりなど、研究者とアーティストと地域住民が共同で多くの催しを実施した。特に八月踊りは、各集落で独自に踊られてきたため、異なる集落が踊りあう機会はサンゴまつりのみとなっており、祭をきっかけとして集落を跨いだ「八月踊り連絡協議会」が発足され、文化の伝承と誇りを取り戻す機会となった。また、島内外のアーティストにより新しい歌や八月踊りをモチーフとして踊りを参加者が踊りあうことにより、コミュニティが一つになることに祭が有効であることを実感した。その結果、本プロジェクトへの参加者も増えている。
世界地質遺産認定:喜界町長・喜界町ジオパーク推進協議会事務局とともに、喜界島の完新世のサンゴ礁段丘で報告されてきたこれまでの研究成果に基づいて、世界地質遺産(The Second 100: IUGS Geoheritage sites)に申請を行い、認定された。世界地質遺産に登録されたことによって、地域住民の中に喜界島の自然資源に対する誇りや、喜界町長が国際学会でプレゼンテーションを行うなど、サイエンスコミュニティに喜界島の人々が近づく機会となった。
サンゴ骨格の解析が進んだことから、過去10万年間の人とサンゴの記憶(記録)を復元する喜界島全史解読プロジェクトへと本研究の科学データの方針が決まった。また、金沢21世紀美術館の展示等、アートの場に科学者が入ることによってアートと科学のコンフリクトやメリットが明確化し、共同のためには何が必要か考えるきっかけとなった。またローカルユニットにおいては、みらい会議やサンゴまつりを実施したインパクトとして、地域の中で八月踊り連絡協議会の発足、アオサンゴ協議会(保全)、サンゴ留学連絡協議会(教育)が生まれ、活動が活発化するなどが起こっている。
一方で、研究参加者の変容、あるいは共同するために必要な要素は何かの解析をさらに進める。
また、PR報告書に記載したプログラムへの貢献の方針に基づき、本研究は学際的・超学際的研究を行うための相互理解の促進、地域に根ざした人と自然の関係性(在来知)の再評価、地域における具体的な人と自然の将来像の創造を3つのアプローチとして環境文化創成プログラムに貢献する。本年度は、さまざまな活動を通して、相互理解の促進に必要な要件やプロセスの書き出しが可能となる目処ができてきた。さまざまな活動や違う分野間の対話を通して共同するために必要なプロセスをこれまでのインタビューや対話、アートの制作の過程や発生した問題から書き出し、事前に研究参画者に共有することにより、分野間の壁を取り払うことに挑戦したい。
今後の課題
① 未来集合知の導出方法とアプリカビィティの検討
本研究では、演劇ワークショップを用いて将来像を作成することを目指しているが、その前に研究者とアーティストが深く相互理解するプロセスが重要であるとの判断により、PR期間の間に未来集合知に制作方法の検討を実施できなかった。そのため、来年度にPhase1も同時進行しながら、未来集合知の導出方法の検討を同時に実施する。また、喜界島を主たるフィールド拠点として進めており、そのから得られるモデルがどの程度一般性を持つのか、また、他の地域や文化圏、異なる環境下における試行を検討している。
② 共同制作したアート作品の権利問題
本研究では、科学的な研究とアートの制作を同時進行で実施しているため、初出となる研究データがアート作品の中で公表される可能性がある。また参加している研究者がアートの制作に多大な労力や時間を割いている。科学的な研究成果・業績として、論文のみではなく、アート作品が成果物となった場合に評価をされうるのか、その議論を地球研内において議論をしたい。さらに、研究者とアーティストの間の著作権等の権利をどのように取り扱うか、さらに研究成果が地球研に帰属された場合に、プロジェクト中に他の国・地域・団体で上演をするためのアーティストの権利の取り扱い、あるいはプロジェクト終了後の取り扱いについても、相談をしたい。