プロジェクト区分 | フルリサーチ(FR) |
期間 | 2019年04月 - 2027年03月 |
プログラム | 実践プログラム2:多様な資源の公正な利用と管理 |
プロジェクト番号 | 14200145 |
研究プロジェクト | 陸と海をつなぐ水循環を軸としたマルチリソースの順応的ガバナンス:サンゴ礁島嶼系での展開 |
プロジェクト略称 | LINKAGEプロジェクト |
プロジェクトリーダー | 新城 竜一 |
URL | https://www.chikyu.ac.jp/rihn/activities/project/project/12/ |
キーワード | サンゴ礁島嶼系、陸と海をつなぐ水循環、自然資源の利用と管理 |
研究目的と内容
●目的と背景
LINKAGEプロジェクトでは、西太平洋の熱帯・亜熱帯にあるサンゴ礁島嶼系において、人々が水資源や水産資源、森林資源などの島嶼の限られたマルチリソースを持続的に利用しながら、気候変動や社会経済の変化に対応できる、レジリエントな自然共生社会の実現に貢献することを目的とする。
豊かなサンゴ礁の海を育む島々は、熱帯~亜熱帯にかけて広く分布している。サンゴ礁島嶼では水は大変貴重で、そこで暮らす人びとは昔から地下水や湧き水といった限られた水資源を工夫しながら大切に利用してきた。水は資源として人びとの暮らしに密接に関連する一方、その形態を変化させながら循環しており、陸と海とをつなぐ媒体としての役割も担っている。島嶼では陸と海をつなぐ水循環のスケールが小さく、私たちの生活の糧となる海洋資源を育むサンゴ礁生態系もこの水循環を介して陸と密接につながっている。このようなサンゴ礁島嶼系では、地域固有の生物や文化の多様性も育まれてきた。しかし、近年、土地利用や社会経済の変化の影響を受けて、島嶼の水資源の枯渇や水質の悪化が生じており、水循環を介してサンゴ礁生態系の劣化を引き起こす要因にもなっている。さらに、気候変動に伴う降水パターンの変化や海面上昇、海洋酸性化、海水温の上昇も、状況の悪化に拍車をかけている。サンゴ礁島嶼に住む人びとが、脆弱性の高い水資源や水産資源、森林資源などの島嶼の限られた自然資源(マルチリソース)を持続的に利用していくためには、気候変動や社会経済の変化に対応可能な順応的ガバナンスの強化が必要である。
1)各種の安定同位体、環境トレーサー、メタゲノム解析によって陸と海の水循環を介したつながりを明らかにし、気候変動や社会経済の変化によるマルチリソースの応答を把握・予測する。2)歴史生態学的アプローチにより、島の暮らしの中で育まれてきた生物と文化のつながりや多様性を明らかにし、資源の限られた島嶼コミュニティにおける生存基盤の維持機構を解明する。さらに、3)行動科学やマルチレベルの制度分析により、ローカルなガバナンスとグローバルなガバナンスを繋ぐ意識と制度の変遷や重層性を明らかにする。また、4)順応的ガバナンスでは、知識(科学的、地域的、政策的)の橋渡しを重要な構成要素ととらえ、それらの関連性を可視化することで新たな価値観の創造や科学知と地域知の統合を試みる。これらの成果により、サンゴ礁島嶼系において気候変動や社会経済の変化に対応したレジリエントな自然共生社会の実現に貢献することを目的とする。
●地球環境問題の解決にどう資する研究なのか
対象とする地球環境問題は、1)水資源および関連するリソースの枯渇や汚染、2)水循環を介して生じる沿岸生態系の劣化、3)社会経済に対する沿岸生態系サービスの低下の3つである。マルチリソースの島嶼社会における順応的ガバナンスという切り口で、水循環が速いサンゴ礁島嶼系を、地球環境変動や人為的影響が最も現れやすい実験場と位置づけ、最新の科学的知見と、規範などを基にした伝統的な知見が、どのように地域の知と行動変容に関連するかを明らかにする。沿岸域を含めた水資源の利用と管理に関して、脆弱な島嶼地域において有効となる新たなガバナンス形成プロセスが提示される。学術的な研究成果を様々なセクターの人々と協働するアクションリサーチをとおして、随時、地域社会に還元し、ステークホルダー間の合意形成に必要な規範生成プロセスを解析・探求することで、地球環境問題の解決に資することが期待される。
●研究手法・構成・ロードマップ
LINKAGEプロジェクトは、自然システム・生存基盤・ガバナンス・知の橋渡しの4つのユニットからなり、自然科学、人文科学、社会科学の各分野で行われている各種の研究手法を採用する。それに加えて、それらの知見を統合し(データの可視化)、さらに社会との協働(アクションリサーチ、サマースクール、円卓会議など)にも積極的に取り組み、地球研が目指す「超学際的研究」を展開する。
研究対象地域を、メンバーの研究実績と経験、地域との繋がりに基づいて、琉球弧の島々(与論島、沖縄島、多良間島、八重山・石西礁湖など)、パラオ諸島、およびインドネシアのワカトビ諸島に設定する。これらの島々は、地形・地質的特性(高島と低島)、水資源の存在状態、沿岸生態系の特性、保護区の有無、社会・産業構造の違い、経済状況の違いなどの各種のパラメータを用いた分析から、多様な島嶼の特性を示している。それぞれの島の特性を視野に入れて、共通項と個別項を整理しながら研究を進める。
●期待される成果
LINKAGEプロジェクトでは「水資源」とこれを軸として関連するリソースも含めて熱帯・亜熱帯島嶼におけるマルチリソースの利用と管理(ガバナンス)に関するTD研究を展開する。陸と海の水循環を介したつながり、生物と文化の多様性なつながり、意識や制度などの重層的なつながり、それらを統合したときに見出される新たな知見が多面的な選択肢の提案につながることが期待される。持続可能・再生可能な自然資源の利用に対する価値や行動の転換についても新知見を提供する。
●研究組織
LINKAGEプロジェクトは、自然システム・生存基盤・ガバナンス・知の橋渡しの4つのユニットからなる。
・自然システムユニットでは、島嶼での水循環を介した陸と海のリンケージに関連した研究を総合的に進めるため、水文学、地質学、地球化学、古環境学、サンゴ礁生態学、バイオミネラリゼーション、環境ゲノミクスなどの多様な専門性を有する研究者でユニットを組織した。特に、サンゴ礁海域での地下水をとおした海底底質に蓄積された陸源栄養塩がサンゴの生育にどのように影響するのか、飼育実験を専門とする若手研究者をメンバーに加えた。本ユニットは、多分野の研究者が一斉に参加できる総合的な現地調査を重視している。さらに、できるだけ学部生や院生も参画させて、多分野からなる地球環境学研究の教育効果の向上にも留意した。
・生存基盤ユニットの研究体制として、芸能や音楽などのアート関係の研究者、そして特に琉球弧の自然と人との関わりをテーマとした活動をしている地域のNPOやコミュニティ博物館、自治体関係者、地元研究者、企業(武田製薬)等の「非研究者」など多彩なバックグラウンドを持つメンバーに声をかけ、研究体制を見直した。さらに、アジア・太平洋島嶼研究者である韓国・国立木浦大学のSun Kee Hong教授にメンバーとして参画いただき、2021年度には地球研とのMoUも締結した。以上により、本ユニットは研究者だけではなく、多彩な専門性や経験を持つメンバーから構成されることを特徴とする。
・ガバナンスユニットでは、世界自然遺産に関する調査研究を進めるため、世界遺産や国立公園の保全管理を専門とする研究者をメンバーに加えた。ガバナンスユニットでは、サンゴ礁島嶼系におけるローカルなガバナンスとグローバルなガバナンスの連関を研究するため、制度分析の研究者と意識調査の研究者でユニットを組織した。各研究者はこれまでに、環境ガバナンス、地下水ガバナンス、自然保護区、生物多様性、観光政策、行動科学の分野で研究実績を有する。
・知の橋渡しユニットでは、多様な主体と調査・研究の成果を共有し、協働した取り組み(参加型アクションリサーチ)へ展開するための、効果的で多様なコミュニケーションの手法や手段を検討するための人材を加えた。
・インドネシアでは、Halu Oleo University(HOU)と地球研とのMoUを結び、自然科学系の研究者チームと一緒に調査を開始した。またワカトビ県開発局・環境局の行政従事者を中心としてワカトビ県と地球研とのMoUも締結し、ワークショップを実施してLINKAGEとの課題の共有を行い、協働体制を構築しつつある。
本年度の課題と成果
●研究プロジェクト全体のこれまでの進捗
LINKAGEプロジェクト全体の進捗状況は、以下に示すとおり、FR1としては概ね順調に進行中である。本年度は、2名の研究員(水文学、生態学)、1名の技術補佐員(ガバナンス)、1名の推進員(事務・渉外)を採用した。
<自然システムユニット(NU)>
水循環を介した陸域とサンゴ礁生態系との繋がりを解明する目的で、陸域の3次元水循環シミュレーションモデルと海域の潮流-物質循環シミュレーションとを結合した、陸-海域統合3次元物質循環シミュレーションモデルの構築を行う。これまで、各モデル構築に必要な観測データを得るため、国内の研究対象地域にて、水文・水環境調査やサンゴ礁生物調査を実施してきた。本ユニットの大きな成果として、陸域由来のリン酸塩が水循環を経由して海域に流出し海底底質に蓄積することでサンゴの骨格形成を阻害することが確認されている。さらに,石西礁湖で底質調査を実施し、蓄積型リンとサンゴ密度に負の相関があり、海域において陸域負荷の指標となることを見出した。また、海底底質にはリンのみならず重金属も蓄積している場合があり、稚サンゴの生残率を低下させることを発見した。頻発する石西礁湖のサンゴ礁大規模白化は、ローカルな陸域負荷によるサンゴ礁生態系のレジリエンス低下が要因として指摘されており、環境省の自然再生保護事業で長年モニタリングを継続しているものの、科学的根拠に基づいた保全対策を実施するまでには至っていない。
昨年度までに明らかにした、「石西礁湖では石灰質の海底底質に吸着したリン酸塩(蓄積型リン)が0.7μg/g以上でサンゴ密度がほぼゼロとなる」という結果に基づけば、この閾値を目標とした陸域負荷を設定することでサンゴ被度の回復が期待できる。今後、陸域と海域を統合した陸域負荷の物質循環シミュレーションを科学的に構築・可視化することによって、海底底質に吸着して蓄積されるリン酸塩の閾値を超えない基準で、具体的な陸域負荷の目標値を見極めることができれば、環境政策への貢献となる。
石西礁湖における陸域負荷は、畜産・農業・汚水処理などに起因するが、黒島周辺海域においては約15km2の島の中で2800頭超の肉牛を飼育する畜産業が主な要因と考えられる。現状適正な処理が行われていない畜産排泄物の問題改善は必須である。本ユニットでは、世界的なリン鉱石の枯渇や、日に日に高騰する化学肥料の世界情勢を鑑みて、処理が問題となっている畜産排泄物を有効活用する「サンゴに優しい自給型堆肥肥料の開発」という着想を得た。現状、陸域負荷源となっている畜産排泄物に、CO2を固定し作成したCaCO3を混合することによって土壌pH矯正作用を働かせ、植物による強酸性土壌中での難溶性リンの吸収を促進することが可能となる。もし畜産排泄物から作成した「自給型堆肥肥料」の開発・販売が実現すれば、海洋流出が著しい従来型の化成肥料の投入量低減につながると同時に、カーボンニュートラルと環境負荷低減に資する新たな付加価値をもった環境産業の創出に貢献できる。
<生存基盤ユニット(CCU)>
取り組む課題を5つに整理した。1)どのように生物資源を利用してきたのか?(生業の変遷、社会変容、イベント)2)どのように自然を認識しているのか?(民俗知、言語、ナラティブ、身体技法、道具・民具等)3)自然との関わりをめぐる人間の表現活動は、社会の持続可能性に対してどのような役割を担うことができるのか?(自然観、伝承、うた、スケッチ等)4)どのように自然利用をめぐる社会的調整をおこなってきたのか?(社会組織・モラリティ・規範・レジリエンス等)5)地域主体の経済の仕組みを支えるものは何か?(島嶼間ネットワーク分析、モーラルエコノミー、物々交換等)である。また、研究体制の見直しによって、研究者だけではなく、多彩な専門性や経験を持つメンバーから構成されるユニットの特徴を明確にし、地域との信頼関係を結ぶことを第一にしながら、上記5つの課題に着実に取り組むことができるようになった。本年度までに行なった主な活動は次の通りである。
(1)生物文化多様性研究の動向レビュー:島嶼地域の自然利用をめぐる研究課題を整理するため、特にBiocultural diversity researchの研究動向 調査を行なった。これらの成果をもとに、日本学術会議地球・人間圏分科会社会水文学小委員会でプレゼンを行い、「社会水文学」の構築に向けた議論を始めた。現在これらの議論をもとに論考を準備するとともに、2023年5月開催のJpGUでのセッション「Cultural hydrology」の提案など、水とともに生きる島嶼コミュニティの生存基盤(Community Capability)を論じるための新たな学術的な枠組みの創出を目指している。
(2)生物文化多様性デジタルマップの構築:各地域で行なった研究成果を集約する参加型生物文化多様性デジタルマップの構築を目指している。今年度はその基盤となる共通調査票の検討(高島と低島ごとの生物文化多様性調査カード)とデータベースの入力作業を進めた。また、地域の方も参加可能なコミュニティデジタルアーカイブを構築するための工程表と課題整理を行なった。
(3)参加型コミュニティアーカイブ「島の自然と暮らしのゆんぬ古写真調査」の展開:与論島にて、地域との協働調査として「島の自然と暮らしのゆんぬ古写真調査」を展開し、対面での展示とデジタル展示を行なった。現在、収集した写真の活用として、与論島の教育委員会、学校関係者、NPOとともに、島の自然と文化を考える教育プログラムを開発している。
(4)コミュニケーションツールの開発:地域との対話から収集したナラティブや写真を一次資料としてだけではなく、新たな対話を育むためのツール(呼び水)として活用する『LINKAGEブックレットシリーズ 島と語る』、対話によって生まれたアート表現を記録した『LINKAGEアートブックシリーズ』、環境教育教材としての『LINKAGEブックレットシリーズ 島と学ぶ』を刊行した。今年度は八重山諸島での聞き取り調査をもとに、2冊を刊行予定である。
<ガバナンスユニット(GU)>
ローカルなガバナンスとグローバルなガバナンスの連関を明らかにするため、3つの研究を進めてきた。1)行動科学の観点から、自然保護区、および、コロナ禍の人の移動に関する意識調査を日本で実施した。2)制度分析の観点から、自然保護区、生物文化多様性、観光政策に関する研究を進めた。3)順応的ガバナンスと地下水ガバナンスに関するシステマティックレビューを進めた。
<知の橋渡しユニット(KU)>
与論島において環境教育イベント「みずのわラボよろん」を開始した。本イベントは、自然システムユニットにより周辺海域の古環境復元のために実施されたマイクロアトール掘削の様子を題材とした観察・勉強会である。小学生から大人までの延14名が事前勉強会と実際の掘削の観察会に参加した。本活動は、プロジェクトが目指す最終成果の中でも、「知の橋渡し」の一貫を成すものである。マイクロアトールは、地域の人々にとっては身近なものであるが、同時にその特性や利用価値についてはよく知られていない。本イベントは、マイクロアトールが古環境を復元できる重要な自然資源であることを伝えており、地域における「新たな価値観の創出」に貢献した。与論町教育委員会では、小中高一貫で「海洋教育」に重点をおいている。地域の関心事とリンクした形でのアプローチがよかったと思われる。本イベントには、マイクロアトールの掘削を専門とするメンバー以外にも、生態学や政治学の専門性を持つメンバーも参加しており、イベントの中で参加者と多分野の研究者が交流することで、互いに学術的あるいは地域に関する知識を交換できたことは想定以上の成果である。一方で、イベントへの応募者数が少なかった点は実施にあたって直面した課題であり、今後は、想定される参加対象者の属性を考慮した効果的な募集の方法とタイミングを検討する必要がある。さらに、サンゴ掘削の模様は本年度の地球研オープンハウスで公開された。https://www.youtube.com/watch?v=7rbevxvrMcE&t=1s
●研究目的、手法、組織体制の変更・見直し
ガバナンスユニット(GU):第1に、リソースの限られたサンゴ礁島嶼系にとって、コロナ禍で人の移動と感染対策の両立が重要な課題となったため、新たに人の移動に関する研究に取り組んだ。第2に、インドネシアでの意識調査を計画していたが、インドネシアの研究メンバーを確保することができなかったため(研究員の採用辞退)、インドネシアでの調査実施を先送りした。第3に、サンゴ礁島嶼系の観光地化の影響に関する調査研究を重点的に進めるため、観光政策を専門とする研究者をメンバーに加えた。第4に、陸と海の繋がりに関して地下水に焦点を絞った検討を進めるため、順応的ガバナンスに加え、地下水ガバナンスのシステマティックレビューも行うことにした。
●本年度の成果
<自然システムユニット(NU)>
・与論島の人間活動(人口、土地利用、観光業など)の変化と沿岸のサンゴ礁環境や生態系の変化の関係性を解析するため、サンゴ礁の礁池内で年輪を刻みながら成長しているサンゴ(マイクロアトール)の掘削を島の周囲の4地点で行った。連続的な良質のコアが得られ、予察的な観察では30年から100年程度の骨格年輪が確認できた。
・同時に、地域の方の協力で、大型シャコガイの貝殻も得られた。殻の断面から年輪を確認し、8試料の14C年代測定を行い、後期完新世の海洋環境を捉えるのに好都合となる広範囲(6千年前〜現在)の年代測定結果が得られた。
・与論島、沖縄島南部地域、多良間島、石西礁湖(黒島など)において水文・水環境調査を継続し、陸域の3次元水循環シミュレーションモデルを高精度化した。
・石西礁湖の中に位置する黒島で、サンゴ礁生態系への影響評価の基礎調査(地下水電気探査、地下水サンプリング、土壌・畜産廃棄物等のサンプリング、海底湧水地点の底質サンリング(蓄積型栄養塩の負荷量推定)を行った。
・石西礁湖の自然再生事業と連携し、長年継続されている定点のサンゴ被度調査に加えて海底底質の採取を行った。高解像度の陸域負荷の可視化、稚サンゴへの網羅的遺伝子解析による影響評価を試みると同時に、今年確認された大規模白化およびその回復過程との関連も検証する。
・陸域から海域へのリン酸塩の挙動を確認するトレーサーとしてリン酸酸素同位体の導入を視野にいれ、奥田プロで開発されたリン酸酸素同位体分析手法の取得を目的に神戸大で分析ワークショップを実施した。
・ホウ素安定同位体を用いた窒素負荷源の推定手法を確立し、地下水中の硝酸性窒素濃度に対する化学肥料や堆肥肥料の寄与率を推定した(業績30,32,42,55,59)。
・PLがインドネシアを訪問し国際シンポジウムにてLINKAGEプロジェクトを紹介すると共に、Halu Oleo University(HOU)の研究者を主体とした研究者チームと、ワカトビ県開発局・環境局の行政従事者を交えたワークショップを実施し、課題の共有を行い協働体制を構築した。
<生存基盤ユニット(CCU)>
・生物文化多様性デジタルマップの基盤づくり:各地域で行なった研究成果を集約する参加型生物文化多様性デジタルマップの構築をすすめた。共通調査票の検討(高島と低島ごとの生物文化多様性調査カード)、データベースの入力作業、地域の方も参加可能なコミュニティデジタルアーカイブを構築するための工程表と課題整理を行った。
・参加型アクションリサーチ(パブリックヒューマニティーズ)のモデル化:地域の⽅と⼀緒に、⾃然とともに⽣きてきた知恵や暮らしの移り変わりに関する歴史⽂化資料の収集と記録に取り組み、島の未来のあり⽅を考える市⺠参加型の協働研究を行なった。
・コミュニケーションツールの開発:八重山諸島での調査をもとに、ブックレットを2冊刊行した。
・国際ワークショップと井戸端勉強会による対話の場のデザイン:「ブックレットシリーズ 島と学ぶ』の刊行報告会を石垣市内で開催し、学校関係者とともに自然と人間との関係性のあり方を考える場としての田んぼ教育の可能性について議論した。月に一度「井戸端勉強会」を開催した。プロジェクト内外に案内を周知し、自由な対話や新たな関係性を構築するための場づくりを積極的に行なった。向井大策と呉屋淳子は、地域の方やアーティストとのフィールドワークを経て、芸能とコミュニティの持続可能性について検討する研究を展開し、「アイディア交換のためのラウンドテーブル:地球環境のための新たな知識のモードとは]に登壇した。ユニット長の高橋は、KLASICA-RIHN-IASS国際シンポジウムに参加し、これまでCCUが行ってきた琉球弧での聞き取りと漁具調査をもとに、ナラティブを通したコミュニティ形成と文化継承の可能性について発表した。
<ガバナンスユニット(GU)>
ローカルなガバナンスとグローバルなガバナンスの連関に関して、次の研究を進めた。
・自然保護区に関する意識調査では、世界自然遺産のフレーミングに応じた市民の反応の違いを分析した。その結果、当初の予測に反して、大きな違いは観察されなかった。コロナ禍の人の移動と感染対策の両立に関する意識調査では、人の移動に関するネガティブな反応が、衛生証明書の取得や自治体による感染対策認証の効果により緩和されるのか分析した。その結果、地域住民が持つ訪問者へのネガティブな反応は、訪問者が衛生証明書(陰性証明やワクチン接種証明)を所持することにより緩和されることが明らかとなった。また、旅行者が持つ訪問先へのネガティブな反応は、自治体による感染対策認証により緩和されることが明らかとなった。ただし、衛生証明書や感染対策認証の効果は、市民が持つ科学への信頼や文化的なバイアスにより条件づけられていることも明らかとなった。
・自然保護区の制度分析に関して、石西礁湖での予備的な現地調査を実施し国際情勢の変動に伴う営農環境の変化により、住民の間で畜産廃棄物の堆肥化への関心が高まり、陸域から海域への負荷軽減につながる可能性があるとの知見を得た。生物文化多様性の制度分析に関して、予備的な資料分析を進めた。その結果、遺伝資源に関するデジタル配列情報の取得、利用、利益配分といった規制を巡る交渉メカニズムに関する知見を得た。サンゴ礁島嶼系の観光地化の背景と影響を明らかにするため、沖縄県と鹿児島県で予備的な資料収集を実施した。
・順応的ガバナンスと地下水ガバナンスに関する研究状況のシステマティックレビューでは、レビュー対象となる文献の特定と、コードブックの作成を進めた。
<知の橋渡しユニット(KU)>
・与論島で環境教育イベント「みずのわラボよろん」を実施した。その過程で、与論町の教育委員会や漁業協同組合、地元のマリン事業者などの様々なセクターの人々とのネットワークが構築されたことは、実施に併せて重要な成果である。
・沖縄島南部の水循環を地形模型にプロジェクションマッピングする可視化ツール「P+MM」を、八重瀬町の地元農家との意見交換会で活用した。参加者がP+MMを自由に操作することで、擬似的にフィールドをイメージでき、活発な議論を実現することに成功した。本取り組みは、自然科学的な研究成果に基づいて地元住民に対する社会的な事象や課題の聞き取りを可能にすることから、プロジェクトがめざす「可視化による科学知と地域知の統合」において貢献する。
●目標以上の成果を挙げたと評価出来る点
・GUの調査から政策的効果は知識への信頼だけでなく文化に関する態度の影響を受ける可能性がある。
・NUメンバーがNEDOの研究開発委託事業に採択された。
●目標に達しなかったと評価すべき点
・Halu Oleo University(HOU)にて研究打ち合わせができたが、実際の研究対象であるワカトビへは交通手段が不安定のため、日本人研究者の現地調査ができなかった。HOUおよびワカトビ県とMoUを結んだことで、HOUチームが現地でベースラインサーベイを実施している。HOUの調査の課題として、地下水の流量や流域の把握、水資源量の把握などで、日本側からの協力要請があった。来年度はこれに応えるべく、調査ツールと調査スタッフを派遣し共同調査を行いたい。
・ガバナンスユニット:研究員の採用辞退により、当初予定していたインドネシアでの意識調査が実施できなかった。今後、研究員の再公募を行い、海外での調査を実施していく。
・知の橋渡しユニット:八重瀬町の小中高等学校において、環境教育プログラムの提案やP+MMを援用した授業を計画していたが一部実施できなかった。理由は現場教員の多忙による日程調整の困難にある。今後の対処は、各学年の指導計画に適合した教育プログラムを提案することで、現場教員に負担をかけない工夫をする必要がある。
●実践プログラムへの貢献について特筆すべき成果・課題
谷口プログラムでは「地球人間システムの連環に基づく未来社会の共創」を掲げている。LINKAGEでは、サンゴ礁島嶼を陸と海を統合したシステム(系)としてとらえ、そのなかに存在する様々な閾値と連環を明らかにし、レジリエントな社会の構築に貢献することを目指している。これは谷口プログラムの方向性と合致している。価値観や行動の変容を促すコミュニケーション・ツールの開発も積極的に行う予定であり、この点でも貢献できる。また、LINKAGEでは自然システムと人間社会の相互作用環の観測・観察・モニタリングを重視しており、この点でも谷口プログラムに貢献できる。
今後の課題
●来年度の研究計画
<自然システムユニット(NU)
・与論島で得られたサンゴ・コアの詳細な時系列での化学分析を行い、それと島の人間活動との関係性を明らかにする。
・シャコガイの年輪解析も進めて、数千年単位のより長いスパンでの与論島の周辺海洋の変化を解析する。
・石西礁湖特有の水循環と海域の流動―物質循環を解明する目的で、陸-海域統合3次元物質循環シミュレーションモデルを構築する。電気探査や観測井設置による地下水賦存形態や海底地下水湧出を把握する。陸水と石西礁湖内の海水及び底質に蓄積したリンや重金属等のサンゴの生育阻害物質の動態解析や、ホウ素、窒素やリン酸の窒素/酸素同位体比による陸域負荷の起源推定、微生物相解析を用いたサンゴ礁生態系の健全度評価を行う。これらに環境省モニタリング事業成果を合わせ、モデルで再現し石西礁湖全体の物質循環を解明する。
・石西礁湖の自然再生事業と連携し、長年継続して実施している定点のサンゴ被度調査に加えて底質採取を行い、高解像度の陸域負荷の可視化、稚サンゴへの網羅的遺伝子解析による影響評価を試みると同時に、大規模白化およびその回復過程との関連も検証する。
・インドネシアのワンギワンギ島にてHOUと合同で現地調査を実施する。
<生存基盤ユニット(CCU)>
島の暮らしの中で育まれてきた生きものと文化のつながりや多様性を明らかにし、資源の限られた島嶼コミュニティにおける生存基盤の維持機構を解明するため、来年度も引き続き、対象地域において自然利用やその変遷に関する聞き取り調査や古写真調査を実施する。また収集したナラティブや古写真、映像等の多彩なデータをもとに社会分析を行い、自然利用をめぐる社会的規範や地域経済の変容の研究を展開する。さらに、インドネシアとパラオでの実地調査を行うためのネットワークづくりとプレサーベイを行う。
<ガバナンスユニット(GU)>
ローカルなガバナンスとグローバルなガバナンスの連関を明らかにするため、3つの研究を進める。1)行動科学の観点から、自然保護区、生物文化多様性、人の移動に関する研究を進める。2)制度分析の観点から、自然保護区、生物文化多様性、陸と海の繋がり、観光政策に関する研究を進める。3)順応的ガバナンスと地下水ガバナンスに関するシステマティックレビューを進める。
<知の橋渡しユニット(KU)>
・みずのわラボよろんを継続する(年1〜2回で掘削後のサンゴの観察・勉強会)
・与論町教育委員会に対する海洋教育プログラムの提案をする。
・八重瀬町向陽高校SSHにおけるP+MMの発表ツールとしての活用をする。
・P+MMの知の橋渡しツールとしての効果検証を行う。
・調査対象の島における円卓会議(課題意識を持つ地域の人々との意見交換および潜在的な課題の吸い上げ)
・調査対象の島における研究会議(地域軸で分割したグループによる地域特異的な課題解決の方策を議論)
・全メンバーが参加する全体会議の実施(年2回程度)
・学際研究セミナー((超)学際研究に携わる研究者を招待した勉強会。年12回)
●来年度以降への課題
本年度に知の橋渡しユニットとして直面した課題はプロジェクト内における知の橋渡しである。本年度は、同一の現地フィールドにおいて異なるユニットメンバーが同時に調査や視察に訪れるケースが多かった。そのため、ユニットを超えた議論が積極的に行われユニット間連携の基盤は盤石になっている。一方で、各フィールドにおける個別の課題に対して複数ユニットが協力して取り組む体制はまだ盤石ではない。来年度はより研究ユニット間の連携を強化することで、ユニット間の活発な議論を、具体性を持った方策の策定・実施へと昇華できる体制を構築する必要がある。