プロジェクト区分 | フルリサーチ(FR) |
期間 | 2019年04月 - 2024年03月 |
プログラム | 実践プログラム3:豊かさの向上を実現する生活圏の構築 |
プロジェクト番号 | 14200102 |
研究プロジェクト | 高負荷環境汚染問題に対処する持続可能な地域イノベーションの共創 |
プロジェクト略称 | SRIREPプロジェクト |
プロジェクトリーダー | 榊原 正幸 |
URL | https://srirep.org/ |
キーワード | 環境汚染 |
研究目的と内容
1)目的と背景 |
水銀は、これまで多様な発生源から環境中に放出され、表層の地球システムを循環しつつ、蓄積され続けている。特に、19世紀中頃の産業革命以降、生態系中の水銀濃度が急激に増加している。人間や動物に対する水銀の毒性は極めて高く、それらの神経系には非常に有害である。先進国では環境中への水銀放出量が減少しているものの、開発途上国では零細小規模金採掘(ASGM)という資源開発において大量に使用されている(図1)。現在、ASGMは世界70カ国以上において行われており、最大約1500万人の人々が従事しているとされている。
本研究プロジェクトが研究対象とするASGMによるグローバルな水銀汚染問題は、国連環境計画(UNEP)も長期に渡って注目している。UNEPは2013年に「水銀に関する水俣条約」を締結し、その中で条約に参加する各国政府に対して様々なアクションを提言している。「水銀に関する水俣条約」ではASGMに関する規制が謳われているものの、その発効後の具体的な効果は見えていない。すなわち、ASGMは、開発途上国が抱える「貧困問題」を主要な背景として拡がっている。そのような状況において、ASGM問題を抱える国々は、具体的な改善の方向性を見出せていない。これまでのASGMに関する研究では、ASGMによる水銀汚染の実態解明が多数を占めており、それを解決する具体的および適切な社会実装研究は行われていない。
本プロジェクトでは、ASGMによる深刻でかつグローバルな水銀環境汚染を解決する道筋を解明することを研究課題としている。本研究では、トランスディシプリナリー・アプローチ(TDA)を基本として、ASGM問題が深刻な東南アジア全体を俯瞰しつつ、(a)インドネシアおよびミャンマーのASGM地域における未来シナリオを活用した水銀汚染低減のための事例研究、(b)インドネシアおよびミャンマーの住民協働による水銀ゼロを目指す地域間ネットワーク研究、そして(c)東南アジア諸国の住民協働による環境ガバナンス強化に関する研究、という異なる3つのレベルで研究を実施する (図2~3)。特に(a)では、ASGM地域における多様なステークホルダー(SH)との対話とその過程における住民の価値観の変容と協働研究計画・協働研究実施を問題解決のための最も有効な手法と考えている。そのため、まず、各ASGM地域の背景となる文化・歴史的状況、社会経済的状況、各SHの対話の現状、各SHのASGMに対する認識、ASGM組織の主要アクター間の社会的関係性等、SHに関する多様な情報を集積する必要がある。さらに、ASGM地域における最も重要な背景である「貧困問題」を解決するため、事例研究では、小規模なトランスディシプリナリー実践研究を経て、社会実装研究へと発展させる。この際、多様なSHを参画させるトランスフォーマティブ・バウンダリー・オブジェクト(TBO)および変容的学習および実践によってSHの価値観を変容させるトランスディシプリナリー実践共同体(TDCOP)を理論的かつ実践的に再定義し、設計・活用・評価方法を解明する。これらの研究によって、SHと協働でASGM地域に地域イノベーションをもたらし、グローバルな水銀環境汚染という地球環境問題を解決へと導く道筋を解明する。
2)地球環境問題の解決にどう資する研究なのか |
ASGMによる水銀汚染問題はUNEPによっても多くの取り組みが行われてきたが、この問題が最も深刻な地域であるトップダウン型の東南アジア諸国において、多様な国・地域のガバナンスおよび各ASGM地域における多様な文化・社会・経済的背景の相違を踏まえた有効な問題解決への理論的・実証的研究は知られていない。SRIREPプロジェクトでは、ASGM地域のボトムアップな事例研究だけでなく、国レベル・東南アジア全体の住民協働にまで発展させた研究を提案し、社会実装までの道筋を解明する。これらの地域事例研究におけるTDCOPから国・国際的な組織の協働まで、コミュニティレベルから国際的なマルチセクター協働レベルの研究・実践によって、ASGMによるグローバルな水銀汚染問題の総合的な解決を目指すというFRの研究成果は、ASGM問題解決策のブレイクスルーとなり、かつ他の地球環境問題の解決にも活用可能であると予想される。
本プロジェクトの手方・構成・ロードマップは図2および図3、図4で表す。具体的に以下の通り示す。
a) インドネシア・ミャンマーのASGM地域における未来シナリオを活用した水銀汚染低減のための事例研究
事例研究には、1) 文化・歴史学的研究、2) 環境科学的研究、医学的研究、社会経済研究、 3) 主要なSHと協働し、将来シナリオの作成、4) TBOに関心を持たないSHとの対話を促進できるかについての研究、5) TBO を活用してTDCOP の育成、6)住民の代替生業の共創・住民の環境に対する価値観の変革に関する協働学習および実践、7) TDCOPおよびTDMSCを
活用した社会実装研究の実施、および 8) 地域イノベーションの進展の評価を実施する。
b) インドネシア・ミャンマーにおける住民協働による水銀ゼロを目指す地域間ネットワーク研究
「水銀ゼロ社会ネットワーク」は政府・企業・研究者・市民団体等の多様なステークホルダーと持続的に情報共有および意見交換うを行い、水銀問題の解決に貢献する。また、水銀による人間の健康や生態系への影響の認識を高めるため。一方、水銀関連の環境汚染問題を解決するための技術的イノベーション等の情報を収集し、かつ共有する。この研究は、1) 各地域における社会情報収集・コミュニケーション促進のためのプラットフォーム構築を検討する。 2) コミュニケーションと対話の設計、実践、方法、およびインドネシアとミャンマーにおける「水銀ゼロ社会ネットワーク」の設立に焦点を当てる。 3)さらなる地域間ネットワークの構築に向けて、プラットフォームやネットワークの拡充、地域間ネットワークの連携を検討する。
c) ASEAN諸国における環境ガバナンス強化に関する研究
この研究では、1) 多層的な環境ガバナンス構築における共同の原則とプロセスを検討し、2) 地域イノベーションから環境ガバナンスに至る地域的アプローチに焦点を当て、ASEAN 各国と協力し、そして3) 多層的な環境ガバナンスの確立を検討する。
d) TBOの設計・活用・評価、TDCOPからTDMSCへの発展プロセス・ 評価に関する研究
この研究では、以下の研究を行う。1) TBO と TDCOP の理論的研究を実施し、事例研究においてTBOを特定する、2) TBO と TDCOP の設計、および TBO を活用した未来シナリオを作成する、そして3) 地域イノベーションのための TBO と TDCOP を実践研究で活用し、その評価を行う。また、TDCOPからTDMSCへの発展プロセスについても理論的および実践的に研究する。
以下はSRIREPの研究スケジュールの概要である:
1) FR2-4: a) インドネシアではステップ 3 ~ 6、ミャンマーではステップ 1 ~ 6 を実施する。 b) では、ステップ 1 および 2を実施する。 c) では、ステップ 1 および 2を実施する。 d) では、ステップ 1 および 2を実施する。
2) FR 5: a) ステップ 7 および 8 をインドネシアで実施する。 b)では、ステップ 3、c) ではステップ 3、およびd)では ステップ 3を実施する。
4)期待される成果 |
トランスディシプリナリー・アプローチによって導入された環境および産業イノベーションとともに、水銀ゼロ社会に向けた未来シナリオの開発、変容的学習およびTDCOP の発展の結果、地域イノベーションが生み出されると期待される。また、環境ガバナンスを強化することによって地球規模での水銀汚染の低減への貢献が予想可能である。
5)研究組織 |
SRIREPプロジェクトは以下の研究体制で実施される。プロジェクトでは、多様な研究分野の研究者とSHが協働し、トランスディシプリナリー研究を実施している:(1)事例研究グループ、(2)TBO・TDCOP研究グループ、(3)水銀ゼロ社会ネットワークグループ、(4)ASEANガバナンスグループ、および(5)統括グループに大別される。実践研究グループは、ゴロンタロ州、西ジャワ州、南東スラウェシ州およびランプン州において研究活動を実施されている。各州では、結成された各TDCOPが活動し、多様な研究分野の研究者とSHが協働している。
事例研究グループは、さらに●ローカル・コミュニケーター、●ASGMグループ、●新しい産業作りグループ(カラウォ研究グループ、天然繊維研究グループ)、●ソルガム研究グループ、●エコ・ツーリズムグループ、●水銀抑制技術研究グループ、のグループに分けられる。
本年度の課題と成果
a) インドネシア・ミャンマーのASGM地域における未来シナリオを活用した水銀汚染低減のための事例研究
事例研究では、インドネシアおよびミャンマーにおいて、段階的に、基礎研究、トランスディシプリナリー実践研究および社会実装研究を計画・実施した。ミャンマーでの研究は、2021年2月1日に発生した軍事クーデターによって研究計画の中止を余儀なくされた。そのため、基礎研究が実施された。
(1) インドネシア・ミャンマーにおける基礎研究成果
●環境科学的研究:(インドネシア)①環境汚染に関連するASGM活動の長期的評価・リモートセンシング研究の実施によって、ASGM地域における採掘活動の時間空間的変遷が定量的に評価された。②ASGMによる環境汚染に関する環境科学的研究では、(ア)ゴロンタロ州ボネ川流域におけるASGMに関連する重金属(水銀・ヒ素・鉛等)が水・植物・土壌・河川堆積物に高濃度に含有されること、(イ)南東スラウェシ州ボンバナ地域の土壌の水銀汚染が解明された。また、ASGMサイト周辺の植物および土壌、家畜毛、住民毛髪から水銀が検出されるとともに牛角表面から水銀のマイクロホットスポットが発見され、新たな環境指標になりうること、(ウ)ゴロンタロ州、西ジャワ州およびランプン州におけるASGMによる大気水銀汚染の長期的評価方法も新たに提案されたこと、(エ)西ジャワ州南バンドンのブニカシ地区のASGM周辺の茶農園における水銀汚染の解明されたこと、が研究成果として出された。
(ミャンマー)マンダレー地方域タベイキン県のASGM地域における予備調査によって、当地域の水銀汚染状態が解明された。
●医学的研究:(インドネシア)①ゴロンタロ州のASGM周辺地域の住民が、水銀および他の重金属汚染によって、高い健康リスクがあること、②南東スラウェシ州ボンバナ地域における子供の高い先天性疾患発症率があること、③西ジャワ州南バンドンのブニカシ地区における健康調査によって、ASGM関連住民の健康被害があること、が解明された。
(ミャンマー)マンダレー地方域タベイキン県のASGM地域において、COVID-19影響下におけるトランスディシプリナリー・リモート健康影響評価手法を開発された。
●社会経済的研究:(インドネシア)①ゴロンタロ州ボネ・ボランゴ県スワワ地区のASGM周辺の社会経済の概要、ASGMにおける鉱山労働者の労働環境・内容、およびASGMへの中央政府の政策・取組と同鉱区の活動状況、が解明された。②ボネ・ボランゴ県のASGM地域(スワワ地区約500戸)およびリンボト湖周辺(約400戸)の社会経済調査が実施された。また、西ジャワ州南バンドンのブニカシ地区および南東スラウェシ州ボンバナ地域における調査によって、村のリーダーに対する聞き取り調査と社会経済状況に関する統計データとASGM労働者の流入状況データが収集された。
(2) インドネシアにおけるトランスディシプリナリー実践研究成果及び評価
2020年以降、ゴロンタロ州で結成された多くのTDCOPは、ASGMによる社会問題の解決もしくは鉱山労働者の代替生業の創出に取り組んだ。複数のTDCOPは、プロジェクトが目指す国際的マルチセクター協働に着手した(図5および6)。
ゴロンタロ州:2021以降、カラウォ、天然繊維およびソルガム研究グループは、ゴロンタロ県およびボネ・ボランゴ県のASGM地域および非ASGM地域において、持続可能かつイノベーティブな伝統工芸、新産業、農業を発展させるというシナリオを掲げ、ASGMの背景である貧困を解決するために地域コミュニティと協働し、代替生業を創出している。 また、これらのグループは、セミナーやワークショップを通じて、ASGMに関連する環境問題に関するTDCOP参加者の変容的学習を実施した。
FR4年度(2022年度)から、日本・インドネシアの多様なステークホルダーと協働しつつ新産業の発展および社会実装研究を実施している。カラウォ研究グループはTDCOP数が12 となり、TDCOP ネットワークを拡張し、地域のカラウォ産業を発展させつつある。 天然繊維グループは、土壌浸食防、法面緑化、壁面緑化に使用する砂糖ヤシ繊維ネットを作成し、実践的に使用しつつある[7]。ソルガム研究グループは、インドネシアの中央政府・技術評価応用庁(BPPT)と地方自治体の支援を得て、ソルガムを用いた持続可能な農業を導入し、実の米の代用品としての食用や葉・茎のヤギ飼料としての利用を研究した。これらのグループは、ポスト・プロジェクトに向けた国際的ななマルチステークホルダー協働に着手している。
エコ・ツーリズムグループは、ゴロンタロ県の非ASGM地域において、持続可能なエコツーリズムを研究・実践し、これらの地域がASGM 依存地域になるのを防止するために、地域社会の環境保全に関する価値観を変容するというシナリオで研究を取りこんでいる。 このグループは、ASGM労働者が居住するボネ・ボランゴ県とゴロンタロ県において、歴史的に重要なサイトを活用したジオツーリズムを提案している。 また、本年度、ASGM労働者が多いトラボロ村およびロンボンゴ村のジオツーリズムサイトやその他のジオサイト地域の調査を行なった。また、エコツーリズム・プログラムによる地元関係者の社会経済的影響分析を行なった。
健康でレジリエントな村、水銀抑制技術研究会およびトラボロ研究グループは、ボネ・ボランゴ県の東スワワ地区の鉱山労働者とその周辺地域において水銀による健康リスクに対する意識を高めるシナリオを統合・適用した。また、ASGM労働者の健康リスクを低減する水銀削減技術の開発、さらに、ASGM以外の代替生業を促進するために有望な農産物の栽培を東スワワ地区の地域政府および住民と協働で実践研究に取り組んだ。
西ジャワ州ブニカシ地区: 西ジャワ州のブニカシ地区において、バンドン工科大学 (ITB) と協働で、水銀汚染による環境と住民の健康への影響、社会経済状況、および茶畑を含む文化・歴史的研究を実施した。これらの調査の結果について住民と対話し、村職員に水銀汚染リスク関連の動画を共有した後、熟議を重ねた。その結果、2019年に、住民は水銀汚染に対する価値観を変容させ、ASGM活動を中止する決断を行った。その後、村の茶葉の水銀の濃度は大幅に減少し、その成果を住民と共有した。そして、代替生業の共創および新産業を共同で創出するために、地元住民と協力することに合意した [5]。FR4(2022年)以降、ブニカシ村住民は、持続可能な農業(コーヒー・ソルガム栽培、養蜂農業およびヤギ飼育)の協働設計と協働生産し、その結果をTDCOPメンバーと協働で分析した。本年度から、コーヒーの生産および販売について、日本の民間セクターと協議し、国際的なマルチセクター協働を開始した [5]。
南東スラウェシ州ボンバナ県:ボンバナ県の原住民・モロネネ族の若い世代は、部族の知恵に基づいて、環境保全を使命とする青年組織 (SEPAKAT) を結成し、ASGMの代替生業として沈香栽培を開発するために、2022年10月にウンプバンカ村のモロネネ人コミュニティとネットワークを形成した。本年度、このネットワークを拡大し、TDCOPの準備を行なった。
b) インドネシア・ミャンマーにおける住民協働による水銀ゼロを目指す地域間ネットワーク研究
このネットワークは、①ウェブサイトのコンテンツの作成、②ネットワークの拡大および③セミナーおよびワークショップの開催、によってASEAN諸国の住民の水銀の危険性についての意識を高め、水銀使用の低減を目指している。①ホームページ(英、インドネシア)の開設し、水銀リスクの教育用コミック(英、日本)の出版・共有した(図7)[1,2]。②第1回〜6回 日本-ASEAN医学セミナーシリーズ、インドネシアの医学者への支援のため水銀中毒の診断に関する医学ワークショップシリーズおよびインドネシアのASGM問題解決に向けた国際セミナーを行うことによって、インドネシア政府、planetGOLDインドネシアおよびゴロンタロ市医師会にネットワークを拡大した。
c) ASEAN諸国における環境ガバナンス強化に関する研究
ASEAN諸国における環境ガバナンスを構築するため、「水銀ゼロ社会ネットワーク」が主催する国際セミナーや主催したTRPNEPや TREPSEAで多様な研究者やSHとこれまでのASGMに関する研究成果を共有し、またASGMに関するワークショップを開催し、ネットワークを拡大した。
d) TBOの設計・活用・評価、TDCOPからTDMSCへの発展プロセス・ 評価に関する研究
TBO・TDCOP 研究グループは、実践コミュニティに関する理論研究といくつかの事例研究の結果について議論し、その成果を発表した [5,6,16,25,26]。また、FR3に各TDCOPメンバーの研究者にインタビューした結果、TDCOPを実施することによって価値観の変容が解明した。本年度、代表的なTDCOPメンバーにインタビューを行い、TDCOP活動過程でおいて、どのような要因およびプロセスで価値観変容を起こしたかを解明した。
2)研究目的、手法、組織体制の変更・見直し(該当の場合のみ) |
①FR2とFR3の期間に事例研究では、CIVID-19の影響によって日本側メンバーが渡航できないという状況下においても、各TDCOPは2~3回/月の綿密なwebミーティングを継続的に実施した結果、各TDCOPは活発な活動を展開できた。
②ミャンマーにおいて、2021年2月1日に発生した軍事クーデターのため、ミャンマーにおいえる研究計画を中止した。
3.本年度の成果と[課題および自己診断
1)本年度の成果 |
a)ASGM地域における水銀汚染削減への道筋を解明するための事例研究
●インドネシアにおけるTDCOPの活動による実践研究
多くのTDCOPがASGMによる社会問題の解決もしくは鉱山労働者の代替生業を創出し、プロジェクトがめざす最終成果である国際的マルチセクター協働に着目した。詳細は以下の通りである。
ゴロンタロ州:
(カラウォ研究会)このグループは、カラウォ製作者の次世代育成、貧困削減、女性エンパワーメントを支援している。カラウォ産業における女性の能力開発によって、女性は世帯の経済に貢献する可能性が高くなり、家族がASGMに経済依存しなくて済むことを目的としている。FR4でTDCOP活動からマルチセクター協働への準備を開始したこのグループは、本年度で下記の活動を行なって本格的な国際マルチセクター協働に着手した。具体的には、インドネシアで日本人デザイナーとモチーフ・パターン作りのワークショップの開催、インドネシア銀行、産業、地方自治体及びカラウォ・イカットの支援者の協働でカラウォイカットの今後への支援、 2023年1月にゴロンタロ市におけるカラウォ展、同年3月〜4月にジャカルタでのカラウォ・イカット展示会の開催、7月には京都市と西予市におけるカラウォ展示会の開催、である [43,44]。11月〜12月に京都市立芸術大学にカラウォ展示会を開催する予定である [45]。
(天然繊維研究会)TDCOPの活動が変遷し、天然繊維ネット製作技術向上のためのセミナーおよびトレーニングが開始された。TDCOPの住民メンバーから自発的に砂糖ヤシネット以外のゴロンタロ特産の他の天然繊維を使用したその他の製品の開発が発案され、製品化されつつある。
(ソルガム研究グループ)ゴロンタロ州大学との協働で異なる4種類のソルガムの栽培と培地の実験を実施した。また、ボネ・ボランゴ県東スワワ地区および西トラボロ村でソルガムからの副産物として有機肥料の製造実施およびソルガムを用いた様々なメニューの作成実習が現地の女性メンバーによって行なわれた。
(トラボロ研究グループ)本年度、トラボロ研究グループは、東スワワ地区の鉱山労働者と定期的に対話を実施し、TDCOPメンバーによる「農業フィールドスクール」を通じて、貧困対策のためソルガムの栽培、またソルガム研究グループおよび西トラボロ村・村営企業と協働してソルガム粉の生産や他のソルガム製品の販売も開始している。
(西ジャワ州ブニカシ地区)本年度、コーヒーの生産および販売について多様なマルチセクター協働を開始した。
b) インドネシア・ミャンマーにおける住民協働による水銀ゼロを目指す地域間ネットワーク研究
水銀に関する教育コミックの本の日本語版と英語版を2023年11月に出版した。インドネシア版は2023年12月中に出版予定である。水銀中毒診察動画を提供することで、アマゾン流域の水銀中毒の健康評価のためにブラジルのオズワルド・クルス財団にネットワークを拡大した。
d) TBOの設計・活用・評価、TDCOPからTDMSCへの発展プロセス・ 評価に関する研究
本年度、各TDCOPのSHメンバーに価値観変容についてのインタビューを実施した。その結果、TDCOPのコア・メンバーの多くは、水銀汚染リスクとASGM活動に関する価値観が変容していることが確認できた。
e)その他
プロジェクトに関連する研究論文が、ASGM特集号の書籍として出版された [3]。
2)目標以上の成果を挙げたと評価出来る点 |
a)ASGM地域における水銀汚染削減への道筋を解明するための事例研究
●ポスト・プロジェクトの継続可能性として、インドネシア・ゴロンタロ州の事例研究では、多様なSHとの協働で多くのTDCOPが自律的に活動し、環境問題に関する価値観の変容を実現した。また、研究成果の社会実装を進め、国際的なマルチセクター協働への展開を可能とした。
●天然繊維TDCOP (TBO:豊かな天然繊維資源を活用して、持続可能な社会を創ろう)の活動は、地場の天然繊維から製品を作り出す過程はコミュニティの創作意欲を多いに刺激した。そして、プロジェクトが終了後にも、ゴロンタロ州の天然繊維を使用したその他の製品が自律的に開発される可能性が明らかになった。将来、ASGMに経済依存しないために、代替生業が創出され、それが水銀汚染削減への道筋となると期待される。
b) 水銀ゼロ社会ネットワーク研究
●SRIREPプロジェクトメンバーを中心として、「水銀ゼロ社会ネットワーク」のポストプロジェクトの自律的活動が運営されている。FR期間中に作成・出版することができた水銀中毒の診断手順・診察の動画および水銀の危険性に対する教育コミックスを世界の多くの人々に共有することが可能となったことから、水銀のリスクを広く理解していただく条件が確立された。ポスト・プロジェクト後は、世界の水銀汚染の減少を目指し、多様なSHとの対話を継続する。
●今まで拡大できたインドネシア・ゴロンタロ州大学医学部およびゴロンタロ市医師会、水俣協立クリニックおよびブラジルのオズワルド・クルス財団のネットワークをさらに強固なものとし、各国の水銀中毒症状の診断のための医療支援を可能な限り行う。
3)目標に達しなかったと評価すべき点 |
ミャンマーで発生したクーデターのために研究を中止した影響によって、ASEAN諸国における環境ガバナンス強化に関する研究が目標に達しなかった。今後、「水銀ゼロ社会ネットワーク」の活動を可能な限り継続して、この課題に対処する予定である。
4)実践プログラムへの貢献について特筆すべき成果・課題 |
東南アジア域内では、貧富の差の拡大を原因として、農山漁村域でのASGM活動によって地域社会の暮らしの場の劣化とグローバル環境汚染リスク増大が加速している。本研究では、地域における在来知を生かし、自然と人間が共存する具体的な未来可能性のある社会への変革のプロセスを提案している。また、コミュニケーターを中心にキーSHに対する対話・信頼・合意を獲得しつつ、問題解決ために多様なステークホルダーの変容をもたらすという研究プロセスへと発展させている。また、インドネシア市民協働による水銀ゼロを目指す地域間ネットワーク研究による環境ガバナンス強化に関する研究を進めている。
今後の課題
5.プロジェクト終了後の継続性
事例研究
●ポスト・プロジェクトの継続可能性として、インドネシア・ゴロンタロ州の事例研究では、多様なSHとの協働で各TDCOP、特に「カラウォ研究会」および「天然繊維研究会」を中心に、国際マルチセクター協働への展開が期待できる。
●天然繊維TDCOP (TBO:豊かな天然繊維資源を活用して、持続可能な社会を創ろう)の活動は、天然繊維から製作した他の製品を開発するためのコミュニティ創作意欲を刺激し、プロジェクトが終了した後にもゴロンタロの天然繊維を使用したその他の製品の自律した開発が継続される可能性が高い。
水銀ゼロ社会ネットワーク研究
●SRIREPプロジェクトメンバーが、中心に「水銀ゼロ社会ネットワーク」のポスト・プロジェクトの自律的活動を継続して運営する。FR期間中に作成・出版された水銀中毒の診断手順・診察の動画および水銀の危険性に対する教育コミックスを、プロジェクトの終了後においても継続して活用されることが期待される。
●現在まで拡大されたインドネシア・ゴロンタロ州大学医学部およびゴロンタロ市医師会、水俣協立クリニックとブラジルのオズワルド・クルス財団のネットワークがさらに強固なものとなり、様々な国々にASGMによって引き起こされる水銀中毒症状の診断のための医療への支援が期待される。
6.今後の見通しと課題
① 全研究期間から得られた課題とその解決策:
●FR2およびFR3の研究プロジェクトの実施に際して、日本側の研究メンバーが長期調査に参加できなかったが、zoom等によるミーティング・セミナーを多数開催して、現地研究者を支援および情報共有を行ってきた。 また、インドネシアにおける事例研究では、COVID-19の影響で遅れていたが、FR3に研究員2名を増員したことで、研究計画の達成することができた。
●FR2に、ミャンマーでは、2021年2月1日に発生した軍事クーデターによって研究計画が中止されたため、基礎研究のみが実施された。
●FR4の2022年10月、インドネシア現地調査中、プロジェクトリーダーの事故によって、いくつかのトラブルが発生した。そのため、以下の内容を中止・延期せざるを得なかった。
1)カラウォ製作者の次世代育成、貧困削減、女性エンパワーメントを支援する「JICA草の根事業」(2022年4月~)の中止。
2) ランプン州の ASGM 鉱山会社におけるシアン化廃棄物の処理に関する日本の企業との協力の延期。
②プロジェクト研究に対する研究所の支援体制についての課題:特になし。